MR(医薬情報担当者)だって恋します!
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その日、10階のエレベーターホールに行くと司がいた。腎臓内科があるので長居は出来ない階なのに、ついつい司のそばに居たくて私はそこに留まっていた。
もちろん司と二人だけと言うわけではない。他社MRが四人いて、私たちは薬の話ではなくオススメの昼食の店についての話をしていた。
その時だった。
病棟の方から谷口先生が歩いてきた。私はしまったな、と思いながらも頭を下げて、
「お疲れ様です」
と言った。
谷口先生は私の前を素通り、しなかった。
「最近は医局に来ないね。どこで媚を売ってるのかな」
嫌味を言われて私は、
「……他の科を回っております」
と返した。
「出禁にした覚えはないけれど、何か悪いことをした自覚があるのかな?」
「……」
司がスマートフォンを触っている。
「循環器の先生と仲が良いと聞いてるよ。どんな営業してるのかな? やっぱり女のMRは信用ならないね」
谷口先生の言葉に、その場の空気が凍りついた。私は羞恥にかあっと全身が熱くなるのを感じた。そのとき。
「鈴木さんは変な営業なんかしてません! 彼女は僕と結婚を前提に付き合ってますから!」
司が顔を怒りに赤く染めて言い放っていた。
「す、鈴木……君!」
私は慌てて司を見た。谷口先生はにやにやと笑って司を見ている。
「君も彼女の身体が目当てなんだろ? 顔は普通なのに、Eカップらしいね。さぞかし……」
司は谷口先生の言葉にカッとなって谷口先生の胸ぐらを掴んだ。
「鈴木君!」
私は司の腕を引いた。司は止めるな、というような目で私を見たけれど、私は首を横に振って見つめ返した。
司を大学から移動させるわけにはいかない。
私は一度息を吐いた。
他のMRたちが固唾を飲んで見守る中、私は静かに膝を折った。こんなところで土下座なんて悔しい。でも、私にはこれくらいしかできない。私は床に額をつけた。
「申し訳ございません。鈴木君の非礼は私がお詫びします。どうか許してください」
「理緒!」
司の血を吐くような声が響いた。谷口先生の表情は見えない。だが、勝ち誇ったような笑い声が聞こえた。
「無様だね、鈴木さん。本当に申し訳ないと思っているならこの大学から外れるんだね」
谷口先生の本音が出た。
ああ、やはり私は大学を外れるしかないのだろうか。悔しい。悔しい。
私は谷口先生を見つめ返す。
「なんだね、その目は」
バラしてしまおうか。この場で言ってしまおうか。
大学にはいられなくなるだろう。それでも。
このまま谷口先生が自分だけ何も痛手を被らずにいるなんて、間違っている。夏目さんだけが我慢をするなんて間違っている。
私は。
意を決して口を開こうとしたその時。