MR(医薬情報担当者)だって恋します!
「鈴木さんに大学を外れられたら困るドクターは結構いますよ」
階段を息を切らせて上ってきたのは沢野先生だった。
谷口先生の顔が引きつる。
「ああ。あなたが噂の鈴木さんと特別に仲がいい先生ですか?」
「鈴木さんからは多くの有意義な情報を教えてもらっているだけです。循環器内科の沢野と申します」
「何を教えてもらっているのですかな? 怪しいものですな」
谷口先生が下卑た笑いを浮かべて言う。沢野先生は静かに谷口先生を見返した。
「薬の知識をですが? それ以外に何かあるのですか?」
私ははらはらして沢野先生を見上げた。こんなことは望んでいない。沢野先生が大学に居づらくなってしまう。
「薬ねえ……」
谷口先生が意味ありげに笑う。他のMRは複雑な顔をして二人のドクターのやりとりを見ていた。騒ぎ目当てか、先ほどよりMRが増えている。通りがかったドクターたちも足を止めていた。
駄目だ。これでは沢野先生まで巻き添えにしてしまう。悪いのは谷口先生なのに。
もう我慢できない。
私は一度司を見た。司が頷く。これをGOサインだと私は受け取った。
「もうやめてください! 谷口先生。それ以上沢野先生を侮辱するのでしたら、先生の秘密をここで言います」
一瞬谷口先生の右眉が上がった。
そして跪いたままの私を谷口先生は見下ろした。
「秘密? ほう。興味深い。なんだね、それは?」
夏目さんにも迷惑をかけるわけにはいかない。夏目さんは今も十分被害を被っている。だから。
「それは……」
私は谷口先生を真っ直ぐに見た。
「谷口先生は不倫をしています。……私と」
その場がざわめいた。司と沢野先生が息を呑むのが伝わってきた。
「はっ! はははは! 何を言い出すかと思えば! 私が君と? 何を馬鹿なことを言ってるんだね? 証拠は? もちろんそんなものあるはずもないがね。君の虚言なのだから」
勝ち誇ったような谷口先生の声。
私はまた失敗したのだろうか。
夏目さんの力になりたかった。谷口先生を許せなかった。でも、私の言葉は一蹴されただけで終わった。悔しさで涙が一粒溢れた。
私はこんなに無力だ。