MR(医薬情報担当者)だって恋します!


 家族が変わることはなかった。でも、それで家を出ようと思った。会社では居場所を作るのに苦労したけれど、香澄という友達を得た。そして、色々な人に出会った。司という同期の友達で今は恋人。橘先生や沢野先生というドクターとの出会い。私が失敗したと思っていたことはなんらかの影響を私に与えたけれど。でも。

「失敗はしたけれど、本当だ。今は後悔はしていない。何より、司がそばにいてくれるから、だから私は今幸せ」

 司の目がやさしく笑んだ。

「失敗はさ、誰でもするけれど、そのあとどうするかでその人の人生は変わっていくよな」
「そう、だね」
「俺は以前、理緒に『生きていればいい』と言ったことがあったと思う。でもそれは自分のために生きていればいいということで、誰かの役に立たなくても存在価値はある、っていう意味だった。……ただ、それは漠然と生きるということではない」

 私は司の目を見ながら先を促す。

「生きていて誰でも壁にぶち当たるだろうし失敗もする。でも、それでも人間は生きなければならないから、だからそのあと生きやすいように対処はしなければならない。よりよい人生を諦めるのは違うと思うんだ。失敗してもいい。けれど失敗して、そのあと理緒がどうしてきたかが一番意味があることなんだと思う」

 私は司の言葉を頭の中でもう一度反芻した。そんな私の手を司はまた優しく叩いた。

「今、理緒が幸せだと思えるということは、理緒がそれだけ努力をしてきたって意味なんじゃあないかな」
「私が努力をしてきた……」

 私はなんだか胸がいっぱいになるのを感じた。
 そうか、司はそう感じてくれているんだ。そのことが嬉しかった。
 そして。自分の今までの人生は無駄ではなかったのだと司の言葉で思うことができた。

「……やっぱり司はすごいや」
「え?」
「私の心の中にあったしこりが溶けていく感じだよ」
「そう? それはよかった」

 司は嬉しそうに笑った。

「俺さ、今回の件で理緒のためにほとんど何もできなかったから、少し悔しかったんだよね」
「そうなの?」
「うん。沢野先生にメールして助けを呼ぶっていう恥ずかしい結果になっちゃった」

 私は驚いた。

「え? 沢野先生があの場に来たのって……」
「うん。俺がメールしたんだ。やばいなって思ったから。でなきゃ10階に来ないよ、沢野先生。でも、結局呼んだことで沢野先生にも的が移って。俺の方こそ、失敗したとほんと思ったよ。かっこ悪いよな」

 司はうなだれて言った。私は首を横に振る。

「夏目さんは?」
「夏目さんは知らない。騒ぎが大きくなったから来たんじゃないかな」

 肩を落としている司に私は声をかける。

「司。大丈夫。司があの場にいてくれたから、私は頑張れた。それだけじゃない。司の存在がいつも私の支えなの。本当に感謝している」
「理緒……」

 司は感激したように私を見た。

「あのとき、俺は谷口先生の言葉を無視できなくて、大学外れることを覚悟した。理緒も谷口先生が自分と不倫してるなんて嘘を言った時はそうだろ?」
「うん」

 結局辞めたのは谷口先生と夏目さんになってしまったけど。

「全く、理緒は無茶ばかりする。谷口先生と不倫してるなんて言い出すとは俺も思わなかったよ」
「……ごめん」
「いや、謝って欲しいわけじゃないから」

 司は苦笑して言った。
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