MR(医薬情報担当者)だって恋します!
「あのな。鈴木さんは営業に出てからどのくらいだ?」
「半年になりました」
「半年ね。まだまだ半年だ。他のMR見て見ろ。薬の話できてるMRがどれほどいる?」
「……でも今野さんは……」
「今野さんね。まあ、あの人は営業してる感じだな。だが、鈴木さんとどれだけキャリアが違うと思ってんだ? もう一人の鈴木を見て見ろ。薬の営業してるか? あいつはニコニコして立ってる。それくらいでいいんだよ。誰がどの製薬会社のMRかくらいは俺らにもわかる。来てるMRの薬から出そうとくらいは思う」
「はい……。でも、シルビルナの自主研究の対象患者さんがまだまだ集まっていません」
私は頷きながらも付け加えてしまう。
「ああ、自主研究、な」
橘先生は少し困ったように眉を寄せた。
「今野さんは教授との関係は悪くないから自主研究を入れられたんだろうが、喘息の患者が多い竹部と塩屋に対してはそれほど強くないな」
「私、二人の先生に処方していただきたいんです」
橘先生はうーんと唸った。
「それはまだ鈴木さんには難しいかもしれんな。まあ、でもお金は入っているわけだから、俺からも言わなければいけないだろうな」
また橘先生は煙草の煙を吐いた。
「鈴木さんが真面目なのは分かるが、ちょっと力み過ぎじゃないか? 一人で回ってるならともかく、今野さんがいるんだから。まだ新人。分からないことだらけなんだ。周りに頼ってもっと気楽にやらないと潰れるぞ?」
「力み過ぎ……」
「ああ」
私の脳裏を母の言葉がかすめる。
ーーあんたは竜一と違って出来の悪い子なんだから、もっと死ぬ気でやりなさいーー
「死ぬ気でやらないと、ダメなんです。私は」
ぽつりと私の口から出た言葉に、橘先生は私を凝視してため息をついた。
「……誰から言われたか知らんが、死ぬ気でなんて言うもんじゃない。もっと肩の力を抜くんだ。……おっと、おしゃべりが過ぎたな。俺も忙しいんだ。そろそろ鈴木さんも営業戻んなさい」
私はまだ潤みそうになる目をごしごしとティッシュで拭いた。
「はい。ありがとうございました」
深々とお辞儀をして、部屋を出ようとすると、
「礼はいいから、もっと気楽に、だぞ」
と声をかけられた。私はもう一度お辞儀をして部屋を出た。
なんだろう。沢野先生もやさしいけれど、橘先生の言葉はなんだか温かい。心がじんわりする。
私はこの日から落ち込んでいる時に橘先生の部屋を訪れるようになった。沢野先生は癒しをくれる。でも、橘先生はまた違って、顔を見るだけで元気をもらえる。
ある日気がついた。橘先生の散乱した机の上に、橘先生に似た小学生ぐらいの男の子と綺麗な女性が微笑んでる写真があることに。
橘先生の年齢からすれば当たり前のことだ。なのになぜか心が軋む音を聞いた気がした。