MR(医薬情報担当者)だって恋します!

***


 講演会を主催する、というのも製薬会社の仕事だ。
 大学の講師以上のドクターには講演会での発表を依頼することもある。
 関連する科のドクターたちに呼びかけて講演会に出てもらい、パンフレットを渡し、講演会後の立食ではドクター方に飲み物などを渡すのもMRの役目だ。
 講演会には大学のドクターだけでなく、開業医ももちろん呼ぶため、支店をあげて取り組むことになる。千薬製薬は美人な女性MRが多いので、

「鈴木さんじゃなくて、他の子が来たら良かったのに」

 なんてことを言われることもあった。最初の頃は傷ついていたが、最近では、

「私で我慢してくださいよ、先生!」

 と返すこともようやくできるようになった。

 その日は喘息をテーマとした講演会だったので、教授の原田先生、講師の橘先生、他、呼吸器内科のドクターたちが何人か来ていた。私は苦手な竹部先生、塩屋先生にもお礼を言って飲み物を渡していたが、橘先生の姿を見つけると、

「橘先生、何を飲まれますか?」

 と声をかけに行った。

「おう、車だから烏龍茶でいい」
「分かりました。食べ物は食べていらっしゃいます?」
「食ってるから大丈夫だ」

 用事だけ済ませて、話すこともなくなった私は邪魔にならないように壁を背にドクターたちを見ていた。そんな私の手を香澄が引いた。

「ちょっと」
「え?」
「あの先生って所帯持ちよね?」

 香澄は前を向いたまま口だけでこそこそと私に話しかけてきた。

 あの先生? 橘先生のこと?

「うん。そうだけど?」
「駄目よ、惚れたりなんかしたら」
「え?」

 一瞬香澄の言葉を私は理解できなかった。

「理緒、分かりやすすぎ。目があの先生ばかり追ってる」

 私は自分の頬が熱を持つのが分かった。心臓が急に早鐘を打ち始める。

「そんなこと、ない、よ?」
「……とにかく、気をつけなよ。他の先生やMRにバレると不味いから」

 私は言葉を返せなかった。

 橘先生を好き?

 橘先生はドクターで。営業相手で。私を診てくれた先生でもある。
 でもそれだけのはずだ。

 そうかな。本当に?

 確かに橘先生の姿を見つけると何だかホッとする自分がいる。だからついついその姿を探してしまう。

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