MR(医薬情報担当者)だって恋します!

「ドクターの前で泣いてるの?」
「良くないってことは分かってるの! でも、営業のプレッシャーとかが、先生の前だとプツリと切れてしまって……」

 香澄が今度は私を労わるように見た。

「そんなに追い詰められてるの? 理緒?」
「うん……。どうしてもうまくいかないドクターがいて。でも、そのドクターが喘息の患者さんを多く抱えてるの」
「今野さんがいるじゃない。任せれば?」
「うーん。今野さんもその先生には強くなくて。うちの大学、シルビルナ出るはずなのに、橘先生が少し出してるくらいであまり処方されてなくて、自主研究の患者さんも集まってないの」
「そうなんだ。でも、水くさいよ。悩んでるんだったらなんで相談してくれなかったの?」

 香澄が少し寂しげな顔をして言った。

「香澄は営業順調そうだし、なんだか言い出せなくて……」
「私も色々悩みはあるよ? でもドクターの前で泣くほどじゃない」
「だめだよね。橘先生は営業相手で、私の味方ではないと分かってるの。でも、先生の温かさに触れるたびに心が解きほぐされてしまう。頑張って強がって営業してる仮面が剥がれてしまうの」

 香澄は少し考える仕草をした。

「それは、泣き落としで処方をもらおうとか、その……先生の気を引こうとして泣いてるんじゃないんだよね?」

 私は驚いて首を振った。

「違うよ! それまで我慢してた営業のきつさとかが涙になって流れてしまう感じ」
「うーん。そっか……」

 駅について、カードを翳して改札口を通る。
 プラットホームには会社帰りの男性、女性が多くいた。

「あまり橘先生の部屋、行かない方がいいんじゃない? 変な噂が立ったら良くないし、ましてや橘先生の部屋で泣いてることが他のドクターやMRにバレたら絶対ヤバイよ」

 香澄は心配を湛えた瞳で私に言った。

「うん……。分かってるんだ、本当は。でも、橘先生には会いたくて、会いたくて。どうしてもやめられない」

 香澄の目が変わる。

「ダメだよ。ドクターに本気になっちゃ。理緒の想いをいいことに不倫相手にされたり、セフレにされたりとかしちゃうよ? 相手は私たちより立場が強いんだから、訴えてももみ消されちゃうかもしれないんだよ?」

 香澄が私のことを心配してくれているのは十分分かった。それでも恋は盲目になる。どうにかして会えないかな。話せないかなと思っている私がいる。
 橘先生の部屋に行かなくなったらきっと私は狂ってしまう。
 そう思って私は愕然とした。
 私、こんなに橘先生のこと、好きなんだ?
 地下鉄に二人で乗り込む。空いていた席に並んで座る。

「理緒? さっきの話聞いてた?」
「う、うん」
「……ほんと心配。妻子持ちなんでしょう? いいことないよ。諦めた方がいいと私は思う」

 香澄はきっぱりと言った。

「……そうだよね。分かってるのに」
「あと、橘先生の部屋で泣いてるなんてこと、今野さんに言っちゃダメだよ? ね、周りにバレないうちに気持ち整理しちゃいな!」
「うん……」

 私は曖昧に笑って頷いた。そんな私に香澄はため息をついた。

「理緒に傷ついて欲しくない」
「うん……ありがとう」
「じゃあ、私駅ここだから降りるね。悩みがあるなら、橘先生じゃなくて私に相談して」
「ありがとう、香澄」

 香澄が手を振って地下鉄を降りていくのを見て、香澄がいてくれて良かったと思うとともに、私のしている片想いは何もいいことないんだなあと悲しくなった。なんでよりによって妻子持ちの営業相手のドクターなんだろう。
 考えていると、駅を二つ乗り過ごした。
 そういえば夏目さんからも電話がかかってくるんだっけ。
 私は駅から出ると、急いで住んでるアパートまで走った。

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