MR(医薬情報担当者)だって恋します!


「先生方は……」
「はい?」
「邪魔になるから結婚指輪をされない方が多いのですか?」

 尋ねて、やっぱり訊かなければよかったとと思った。気まずい空気をどうにかしようと思って言葉を紡いだけど、話題を間違った気がする。
 私は自分って馬鹿だなと思いながら沢野先生の返事を待つ。

「……ああ。そうですよね。鈴木さんはまだ配属して間もないし、ご存知ないですよね」

 沢野先生の顔には複雑な笑みが宿っていた。

「僕、バツイチなんです」

 私はなんて答えていいか分からず黙った。空気が薄くなったような気がした。

「す、すみません。触れられたくないことですよね。私、個人的なこと、聞いてしまって……すみません!」

 沈黙に耐えきれず謝った私に、沢野先生は、

「いいんですよ。隠すことでもないので」

 と静かに答えた。寂しげな笑みに私はどうしていいか分からなくなってしまった。
 このまま部屋を出た方がいいのだろうか。
 でもこんなに気まずいまま出て、私は再び沢野先生に会えるだろうか。
 沢野先生の部屋の時計の音だけが響く。

「あの、もしよかったらもう少し話をしませんか?」

 沢野先生が控えめに言った。

「鈴木さんは付き合っている方はいますか?」
「え?」

 話を聞く側かと思っていたので突然の質問に私は戸惑う。

「ざ、残念ながら、いません」

 沢野先生は目を瞬かせて、

「そうなんですか? こんなにステキな女性なのに。皆さん見る目がないですねぇ」

 とお世辞を言ってくれた。

「僕は、大学生の時から付き合っていた人がいたんです。ここの大学の同級生で」
「それでは、相手の方も医学生だったのですか?」
「はい。研修医のときも同じ科を回って。忙しくて、初めてのことばかりで大変でしたが楽しかったですね」

 沢野先生は懐かしそうな目をして語る。

「そして、僕は循環器内科に、彼女は産婦人科に。医者になる時に婚姻届を提出して、簡素な式を挙げました。僕たちは違う科でも同じ大学病院だし、大丈夫だと思っていました。でも、お互い忙しくて、学生の時より一緒にいられなくなり……。僕はそれでも良かったんですけどね。絆があれば。でも、結局三年で別れることになりました。子供もいなかったからかもしれませんね」
「そう、だったのですね……」
「彼女は今、違う病院の産婦人科にいます。僕と別れてここには居づらかったようで、申し訳ないことをした」
「……」
「でも、彼女も頑張っているみたいです。噂は聞くので」

 沢野先生は少し誇らしげに笑った。

「僕はまだ結婚を諦めていないんです。 彼女とは別れてしまいましたが、でも、僕は結婚生活、楽しかったですから。年齢を重ねた分、今度はもう少し相手を想い合えるような結婚生活を送れるとも思うんです」

 沢野先生は言ってにっこり笑った。その笑顔に影はなかった。
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