MR(医薬情報担当者)だって恋します!
***
「なんだ、景気が悪い顔だな」
嫌なことを思い出して、凹みながらドクター専用駐車場を横切って歩いているときだ。突然声をかけられた。
「橘先生」
呼吸器内科の橘先生が煙草を吸っていた。
「名前を覚えているのは感心だな」
坂口憲二似の橘先生が笑うとなんだか豪快で清々しい感じがする。
私はふと橘先生が寄りかかっている車に目を止めた。黒のノアのトランクには大きなラブラドールレトリバーが描かれていた。
「先生犬を飼っていらっしゃるのですか?」
「ああ。この犬」
「ラブラドールレトリバーですね」
私の言葉に橘先生の目が柔らかくなった。
「ああ。犬好きなのか?」
「好きです」
「そうか」
橘先生が吐き出す煙草の煙がゆっくり空へと上がる。
「先生、煙草吸われるんですね」
「まあな。それで禁煙外来してる科ってのもなんだが」
「ほどほどにされてください。身体壊したら大変ですよ」
言ってから、しまったと思った。また失敗した。MRにこんなこと言われていい気がするわけない。
「は、はは。お前変わってるな。千薬の鈴木さんだったか?」
橘先生は気に障った様子もなくあっけらかんと笑った。
「すみません」
「ま、ストレスが多いから仕方ない。ストレスか煙草か。どちらをとるかだな。俺は煙草に逃げてるだけだ」
「そうなんですね」
神妙な顔をした私に、また橘先生は笑った。
「お前さんもこんなところでくっちゃべってないで、営業行け。今野さんに怒られるぞ」
「は、はい。すみませんでした。行ってきます」
「おう」
ただそれだけだった。けれど、医局長の橘先生とこんなに話したのは初めてだった。
橘先生の印象がかなり変わった。どこか怖い印象があったけれど、気さくな一面もあるんだと思った。