並んで歩くなら、あなたと
藤也(とうや)ー、おはよー」

「おう、おはよう花菜(かな)


 いつもどおり、藤也が中庭の倉庫の周りを掃除していた。でも、いつもならそのへんをうろうろしている桔花(きっか)蓮乃(はすの)がいない。


「桔花と蓮乃は?」

世菜(せな)と裏門行った」

「え、なんで?」

「世菜が一人でホース運ぼうとして転んだから、手伝うってさ」


 ……明日から、もうちょっと早く来よう。

 裏門に走ると、桔花と蓮乃が世菜先輩を挟んで騒いでいた。


「先輩、転ばないように手をつなぎましょうか?」

「危なっかしいなー、スコップを地面に転がしちゃダメですよ」

「花菜って、こういう人タイプ?」

「違うっしょ、花菜は無駄に理想高いから」

「うちのお父さんと瑞希さん足したイケメン」

「いるわけない」

「先輩は花菜のこと、どう思います?」

「顔は大和撫子、喋ると織田信長」

「あ、花菜、おはよ!」

「花菜の先輩借りてた」

「かわいいね、レッサーパンダ先輩」

「キュートでいいと思います、アライグマ先輩」


 二人がまくし立てるから、先輩にはたぶん半分も聞こえていないと思う。


「世菜先輩、大丈夫? 助ける?」

「助けて!」

「仕方ないな」


 後から世菜先輩のブレザーとホースを引っ張って、双子から引き離した。ホースから出ていた水を止めて、二人を見た。


「桔花、蓮乃。この先輩で遊んでいいの、私だけだから。藤也のとこに戻んな」

「お兄ちゃんに言いふらしてきていい?」

「花菜がアライグマ先輩をたぶらかしてるって」

「いいよ」


 手で双子を払うと、二人はにこっと笑って走っていった。

 相変わらず、私のパパそっくりの笑顔だった。


「先輩、もう双子いないよ」

「……うん」


 世菜先輩は、まだ私の腕の中でぽかんとしている。

 そろそろ重たいから背中を押したら、先輩は「あ」と、息を吐いたのか声を出したのか分からないような音を出して私を見た。


「あの、ありがと」

「いーえ。こちらこそ、従姉妹たちが失礼しました。なんであんなに絡まれてたんですか?」

由紀(ゆき)さんが来る前にホースとじょうろを用意しておこうと思ったんだけど、倉庫のじょうろをひっくり返しちゃってさ。片付けたら今度はホース踏んで転んじゃって。二人がそれを見ていて、危なっかしいから由紀さんが来るまで水やりを手伝うって言ってくれたんだ」

「そのまま絡まれてたんですか? まったく」

「呆れてる?」

「別に。ほら先輩、重いから自分で立ってください。水やりはどこまでやったんですか?」

「んー……うん」


 先輩はなぜかちょっと渋ってから私から離れた。

「水やりは結局全然できてない……明日からは、由紀さんが来るのを待ってるよ」

「そうしてください。気が気じゃないですから」


 手にしていたホースを先輩に渡した。

 蛇口の下にじょうろがあったから、私はそれを拾ってホースの届かないところに水をまく。

 五月の朝は明るくて、風も穏やかで気分がいい。

 振り向くと世菜先輩が真剣な顔で水をまいていた。

 私が何度も言ったからか、さっき桔花と蓮乃にも言われたからか、足元のホースは絡まないように伸ばされているし、スコップもホースの持ち手に引っかけてあった。


「……なに?」


 視線に気付いたのか、先輩が顔を上げて、ふにゃっと笑う。


「何でもない」


 首を振って水やりに戻った。

 水やりを終えて顔を上げると、今度は世菜先輩も私を見ていた。


「こっち、水やり終わりました」

「わかった。こっちももうすぐ終わるよ」

「先輩、危ないから手元見て!」

「あ、うわ、ごめ……っ」


 先輩の手元が狂って、ホースが暴れた。

 慌てて水を止めたけど、先輩はびしょびしょだ。


「花菜ちゃん、ごめん。濡れてない?」

「や、私は全然だけど、先輩びしょびしょじゃん! もー!」

「俺は放っておけば乾くよ。一限は体育だから着替えるし」

「そういう問題じゃないよ、もー!」


 拭くものが何もない!

 とにかく先輩からびしょびしょになったブレザーを脱がせた。


「シャツは? げ、めっちゃ濡れてる。脱いで、風邪ひくから」

「大丈夫だって」

「ダメ。先輩、風邪引いて水やりを全部私一人にやらせるつもりですか?」

「それはダメだ」

「ね。シャツ脱いで。ホース片付けておくから。まったくもー」

「ごめんね、鈍くさくて」


 しょげた顔でシャツを脱ぐ先輩を、見上げた。

 髪もびしょびしょで、濡れたタヌキみたいになっていた。


「いいですよ、別に。だから私が一緒にいるんです」


 ホースとじょうろを持って、先輩と中庭に向かった。

 倉庫に片付けてから、中庭に置いてあったカバンからタオルを出して、先輩の頭に被せた。

 『由紀農園』と印刷された、うちでお歳暮か何かに作ったものの余りだ。ペラペラだけどすぐ乾くから愛用している。


「髪もびしょびしょですよ」

「……ありがと」


 先輩はへにゃっと笑った。

 その顔がかわいかったから、髪をわしゃわしゃ拭いて、前髪をよけた。

 細まった茶色の瞳が、キラキラしながら私を見ていた。


「タオル、洗って返すよ」

「別にいいですよ。うちで作ってるやつの余りですから」

「……じゃあ、ありがたくいただこうかな」


 頭を拭く先輩に手を振って、私は校舎へと向かった。



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