並んで歩くなら、あなたと
 美術のノートを世菜先輩のクラスに運ぶと、園芸部の(みどり)先輩が手を貸してくれた。


「重かったっしょ。坂木(さかき)呼べばよかったのに」

「次からそうします」

「坂木のノート見る? 笑っちゃうくらい下手だよ、あいつ」

「そんな気はしましたけど。えっ、見ていいのかな」


 教壇にノートを置いて教室を見回すと、世菜先輩は後ろの方の席で女子三人に囲まれて雑誌をめくっていた。


「坂木呼ぶ?」

「忙しそうだからいいです」

「あれはそういうんじゃねえけど、由紀さんが膨れてるのが面白いからフォローしないでおくわ」

「悪趣味ですね……。じゃあ、戻ります」

「はいはい、気をつけてね」


 園芸部の先輩たちは藤也がそうだからか、ときどきパパやママみたいな言い方になる。「行ってらっしゃい」とか「気をつけて行っておいで」とか。

私も慣れてきたので


「はい、また放課後に」


 とサラッと挨拶をして教室を出た。

 自分の教室に戻る途中、もう一度後ろの扉から世菜先輩を見る。

 やっぱり女子三人に囲まれて、雑誌をめくりながら楽しそうに笑っていた。

 デレデレして、ずいぶん楽しそうだった。

 なのに、顔を背けようとした瞬間、先輩がこっちを見た。


「由紀さん!」

「げ……」


 先輩はパッと立ち上がって教室から出てきた。


「どうしたの? 二年の階にいるなんて珍しい」

「……先生に頼まれてノートを持ってきただけです。教室に戻りますので」

「一緒に行くよ」

「いらないですよ。先輩、忙しそうだったじゃないですか」


 不貞腐れた言い方をしてしまったのに、世菜先輩は「ああ」と軽く返した。


「修学旅行のコースを決めてたから」

「修学旅行?」


 私が首を傾げると、先輩はにこっと笑って歩き出した。

 そのまま一緒に階段まで向かった。


「二年生は今月末に修学旅行で沖縄に行くんだよ。だから同じ班の人と見学のコースを決めてた」

「……女子三人と?」

「他の男子二人はトイレに行ってる」

「……そっか」


 先輩は階段を上がって踊り場で立ち止まった。

 私が踊り場まで上ると、先輩の手が伸びてきて、私の指先に触れた。


「本当は行きたくないんだけど」

「なんで? 楽しそうですよ、沖縄」

「花菜ちゃんと会えないから」


 先輩の人差し指と親指が、私の親指をそっとつまんだ。


「日曜日に会えないだけでも寂しいのに、一週間会えないのは辛いよ」

「……あの」


 なんて言えばいいんだろう。

 先輩、女の子たちとコースを決めるの、楽しそうだったじゃん、とか。

 行ったらきっと楽しいよ、とか。

 私も寂しいとか……いやいや。


「ごめんね、わがまま言って。つい甘えちゃった。お土産買ってくるよ」


 先輩は柔らかく笑って、手を離した。

 私は咄嗟に離れた手を捕まえて握った。


「お土産、楽しみにしてます。サーターアンダギー食べたいです。あと、花の写真を撮ってきてください。花壇でも野草でもなんでもいいんですけど」

「わかった。たくさん撮ってくる」

「できれば沖縄にしか生えてないのがいいです」

「探してくるね」


 手を握り返されて、先輩の瞳が細められた。

 困ったな。

 心臓がうるさいくらいに音を立てている。


「あの、世菜先輩」


 何を言えばいいか迷っているうちにチャイムが鳴った。教室に戻らないといけない。


「じゃあまた、放課後に、花菜ちゃん」

「はい……」


 最後にもう一度、手がぎゅっと握られて離れた。先輩は踵を返して階段を降りていき、降りきったところで振り向いた。

 小さく手が振られて、今度こそ先輩は去っていった。

 私も慌てて教室に向かった。


「花菜、ギリギリじゃん。なんか言いつけられてた?」


 桃がシャーペンをクルッと回しながら言った。


「うん。二年の教室にノート運んでた」

「マジか。なんかあった? 顔、赤いけど」

「な、なんにもない」

「王子といちゃいちゃしてきたのかと」

「してないし!」


 桃が笑って、からかわれていたことにやっと気がついた。


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