並んで歩くなら、あなたと
 十月の初めの夕方は、日が暮れるのが徐々に早くなっている。

 街灯が灯らないぎりぎりの暗さの中、裏門沿いに並ぶ花壇のところにしゃがむ人影が見えた。

 骨張った背中と、ふわふわの髪、意外と太い脚と腕。

 この半年くらい、私が毎日見てきた人だ。

 近くに置かれたホースはきちんとまとめられていて、ショベルはその持ち手に引っかけられている。

 ゴミ袋が三つ、きちんと口を縛られてホースの横に並んでいた。

 ゆっくりと近づいて、先輩の隣にしゃがんだ。


「世菜先輩、おつかれさまです」

「……由紀さん。今日は来なくていいって言ったのに」


 先輩は明るい色の瞳をぱちっと見開いて、私を見た。


「私が来たかったから来たんです。ねえ先輩、私のこと、もう花菜(かな)ちゃんって呼んでくれないんですか?」


 タヌキみたいな丸い目が、困ったように垂れた。

 口が開きかかって、でも何も言わないで閉じてしまう。


「先輩、最近私のこと避けてましたよね。まったく。私から逃げられると思わないでください」

「そんなこと……」

「ねえ、好きですよ、世菜先輩。私、あなたが隣にいてくれないと、いつもの調子が出ないみたい」


 先輩はやっぱり困ったような、ちょっと泣きそうな顔で私を見た。


「でも、君に必要なのは俺じゃなくて須藤先輩だろ? かっこよくて頭が良くて、背が高くて」


 おかしいなあ、何言ってるんだ、この人は。

 本当にどうしようもなく面倒で、かわいい人だ。


「そだね。藤也はキザで一途で甘えん坊で、大学生の彼女を溺愛してる。だから何? 先輩、文化祭中の空き時間教えてよ。一緒に回ろう。あのね、この学校、一緒に文化祭を回ったカップルは末永く仲良くいられるってジンクスがあるんだよ」

「……初耳だけど」

「今、私が作った。でも、たぶんあながち間違いじゃないよ」


 先輩はうつむいてしまった。

 でも、すぐに泣き笑いみたいな顔で私を見た。


「俺、君には敵わないみたいだ」

「やだな、気づかなかったんですか」

「ごめん、鈍くさいから」

「いいよ、かわいいから」


 手を伸ばして、ふわふわの髪に触れる。

 見た目より硬くて、でもずっと触っていたくなる。それはきっと、初めて触ったときからだ。


「花菜ちゃん」

「なあに?」

「俺、疲れちゃったし、ずっと寂しかったからよしよしして」

「任せて」


 地面に膝をついて、世菜先輩のほうへ身を乗り出した。

 頭を抱き寄せて、髪に顔を埋める。

 先輩の手が私の背中を強く抱き寄せて、私の寂しさもやっと埋まった気がした。

 しばらく先輩の震える肩と背中を撫でていたら、先輩がゆっくり顔を上げた。

 潤んだ茶色のタレ目が私を見ている。


「花菜ちゃん、俺、ずっと君のことが好きだったんだけど」

「うん」

「えっと、知ってた?」

「そんな気はしてた」


 いや、わかるでしょ。

 四月の時点でやけに近かったし。

 でも、近いまま何も言ってこないから、なんだろうなって思ってたけど。

 世菜先輩はまた俯いて、私の胸元に顔を埋めた。


「ちゃんと言わせて。花菜ちゃん、好きだよ」


 胸元でくぐもった声が聞こえた。


「ありがと。私も世菜先輩のことが好きだな。いないとダメ。寂しい」

「そっかあ。ふふ、嬉しい」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられた。

 ちょっと痛いけど、ずっとしょんぼりしていた先輩が安心できるならそれでよかったし、私も今はこの人から離れたくなかった。

 でも、それはそれとして暗くなってきた。


「先輩、そろそろ帰りましょうよ。だいぶ暗いですよ」

「やだ。花菜ちゃんから離れたくない」

「明日文化祭ですし。あ、そうだ。先輩の空き時間教えてくださいよ。一緒に回りましょう」

「んー……」


 先輩はゆっくりと顔を上げた。

 でもさっきより暗くてどんな顔かよくわかんないな。


「ねえ先輩。先輩のかわいい顔をちゃんと見たいから、行きましょうよ」

「花菜ちゃんの方がかわいいのに」

「それはそれ、これはこれ。私、先輩の顔がかわいくて好きなんです」

「顔だけ?」


 拗ねたように言う先輩の頭を、両手で挟んだ。

 耳元に顔を寄せて、ふっと息を吐く。


「先輩は全部、かわいい」

「ちょっ、それ、反則……!」


 暗くたってわかるくらい、先輩は焦った顔になった。

 笑って立ち上がって、先輩に手を差し出すと、すぐに手が重なった。

 引っ張って起こして、手を繋いだままホースやゴミ袋を拾って片付けに行った。

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