初恋は、終電の先に
「……ちょ、待って、俺我慢してたんだけど」

「しなくていいですよ」

「止めてくれる? 十年分こじらせてるんだからさあ」

「こっちのセリフですけど」

「……奈月のこと、大事にしたいんだよ」


 先輩は唇を噛んで、私のことをじろっと睨んだ。

 でも怖くはなくて、かわいいとしか感じられなくて、先輩が考えているより、私はこじらせている。


「ね、先輩」

「名前」

「尚也さん、ちゅーしていいですか?」

「……ダメ、俺がする」


 先輩が体を起こして、そのまま私に覆いかぶさってきたから、思わず目を閉じた。

 瞼に柔らかい感触があった。続いて鼻や頬、耳に触れて、熱い吐息がかかってドキドキする。


「……っ、尚也さん」

「煽らないで。すっごい我慢してるから」


 低い声に、つい目を開けたら、先輩がくっつきそうな距離で真っすぐに私を見つめていた。視線だけで溶けてしまいそうなくらい熱くて、心臓が飛び出しそうだ。

 手で先輩のシャツを掴んだ。

 ほんの少しだけ引き寄せて、唇を重ねる。


「尚也さん、キスして」

「っとに、なんなんだよ」


 先輩が苦しそうに顔をゆがめた。瞳の奥にどろどろとしたどす黒い欲がたぎっているのが見えそうだ。

 でも、それを抱えているのは先輩だけじゃない。


「我慢してるの、先輩だけじゃないんですよ。寂しかったのも、離れたくないのも、先輩だけじゃ、ないんです……っ」


 勝手に涙が出てきた。

 喉が詰まって、それ以上言葉が出ない。

 先輩はあっけにとられたような顔をして、何度か瞬きを繰り返した。


「奈月」

「っ、は、はい」

「好きだよ。俺は、ずっと君だけが好きだ」


 さっきまでの重苦しい声とは違う、穏やかで優しい声だった。

 私の目からはぼろぼろと涙が溢れ続けた。

 先輩は起き上がって、ベッドの真ん中に胡坐をかいた。

 手を引かれたので、私も起き上がって先輩の向かいに正座した。


「ごめん、我慢させて。ごめん、寂しい思いをさせて。もうそんなことさせないから、ずっと俺といてくれませんか」

「……はい、はい……っ、ずっと尚也先輩と一緒にいたいです」


 先輩が腕を広げた。私はその腕に飛び込んだ。
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