初恋は、終電の先に
 ――そして、一時間後。


 先輩はぐだぐだに酔っぱらっていた。

 今まではちゃんとセーブしてくれていたんだと、改めて気づかされた。

 最初はソファに並んで座って、ビールの缶を軽くぶつけて乾杯していたのだ。

 「コンビニのチキンっておいしいよね」とか、「おでんの具はなにが好き?」とか、そんなたわいない会話をしていた。

 でも、先輩がビールを二缶空けて、チューハイの一缶目を開けたあたりから様子が変わってきた。


「……尚也先輩、大丈夫ですか?」


 先輩がテーブルに置いた空き缶がかすかに揺れたから、違和感を覚えて顔を上げた。

 そしたら先輩は頬を赤く染めて、涙目で私を見ていた。


「だめ」

「あ、だめなんですね? じゃあもうお酒はやめておきましょう」

「奈月がいなくて、だめだった」

「そっちかー」


 本格的に酔っぱらってると気づいた時には、もう手遅れだった。

 伸びてきた腕に引き寄せられて、先輩の頭が私の肩口に埋もれた。


「奈月、もう行かないで」

「行かないですよ。ちゃんと尚也さんと一緒にいます」

「ほんとに?」


 先輩が私の肩に寄りかかったまま顔を傾けて、潤んだ視線を向けてきた。

 先輩の倍くらいのペースで飲んでいた私は、ついムラっとして唇を重ねた。

 すぐに離したけど、そのまま押し倒された。

 先輩は私の肩口に顔を埋めたまま、鼻をすすってぐずぐず泣いていた。

 私は手にしていた半分ほど減ったビール缶をテーブルに置いて、代わりに先輩の髪を指でゆっくり梳いた。

 先輩は私にしがみついたまま、唸るような声でささやいた。


「なんで俺、あのとき追いかけなかったんだろう」


 それは、十年前のことだろうか。

 泣いて謝りながら図書室を飛び出した私を追わなかったことを、先輩はまだ気にしていたのか。

 私が返事をする前に先輩が続けた。


「なんで、三週間も放置しちゃったんだろう。連絡なんて、しようと思えばできたはずなのに」

「それ、そんなに気にしてたんですか? 仕事なんだから、仕方ないじゃないですか」

「嫌だ。俺は奈月に、そんな言い訳したくない」


 先輩は体を少し起こして私に覆いかぶさった。

 何度か浅いキスをして、今度は私の首筋に顔を埋める。お酒の匂いを含んだ熱い息がかかって、くすぐったかった。


「奈月、好きだよ」

「私も先輩のこと好きです。十年前から、ずっと好きです」

「ずっと聞こうと思ってたんだけどさ」


 ふと先輩が私を見上げた。

 見返した瞬間、顎に軽くキスされた。

 私が先輩の髪を撫でると、先輩は気持ちよさそうに目を細めた。


「奈月は、いつから俺のこと好きだったの?」

「言ってませんでしたっけ。初めて図書室でお会いしたときに、一目惚れしたんです」


 そう言うと先輩は不思議そうな顔をした。


「俺、後輩の女の子に一目惚れされるような顔してないんだけど」

「そんなことないですよ。実際にしちゃったんですから、一目惚れ」


 先輩は、ますます不思議そうな顔をしていた。

 まったく、失礼だと思う。

 私の好きな人はこんなにもかっこいいのに、本人はそれをまるで理解していない。


「高校に入学して、一週間も経たない頃でしたっけ。できたばかりの友達と図書室に行ったら、中学よりずっと立派で驚いたんです。そしたらカウンターに背の高いかっこいい先輩がいて、声をかけてくれたじゃないですか。あれはもう、恋に落ちるしかなかったんですよ」

「……俺のこと、かっこいいって言うの奈月だけだよ」

「いいことじゃないですか。私だけの尚也先輩でいてください」


 ぎゅっと先輩を抱きしめた。

 先輩も私の背中を抱き寄せてくれて、その腕があったかくて幸せだった。


「先輩は、いつから私のこと好きなんですか? 再会してからですか?」


 そう聞くと、先輩は私の首を噛んだ。


「痛いです……」

「バカなこと言うから」

「そ、そうでしょうか」


 そんな噛みつかれるほど、おかしなことを言っただろうか。

 先輩は、さっき噛んだ私の首筋に唇を寄せたまま、甘えるみたいに吸っていた。

 月曜日はハイネックの服を着ていこう。

< 84 / 90 >

この作品をシェア

pagetop