鬼同期が家だとオカンだったし、その後スパダリに進化した
 キスを食べ終えると皿が下げられ、代わりに涼しげなガラス鉢に盛られた酢の物が運ばれてきた。

 ほどよい酸味で口の中がさっぱりして、おいしい。


「長谷川も酢の物作れる?」

「呼び方が一瞬で戻った。名前で呼べ」

「しづちゃんも酢の物作れる?」

「なんだそれ。作れる。つーか酢の物簡単だから」

「課長がそう呼んでるじゃん。えっ、簡単なの?」

「自分で和えてもいいけど、スーパーに酢の物の素売ってるし」


 しづちゃん呼びで良かったんだろうか。

 でも、そっか。酢の物って素があるんだ……。家でも作れたら最高じゃない。だって酢の物はお酒に合うからね!


「紫月、帰りにスーパーに寄ろう」

「酢の物好きなんだ?」

「うん。ビールにもチューハイにも日本酒にも合うから好き」

「美颯はブレねえなあ。この酢の物はどう?」

「すっごいおいしい」

「このあと、ごはんと汁物と漬物、最後にデザートが出るけど、全部おいしいから味わってくれ」

「うん!」


 紫月の言うとおり、そのあとごはんと汁物、漬物が運ばれてきた。

 ほっとする味で、おいしいなあ。


「ところで、入口で案内してくれたの、義姉なんだけど」

「えっ」

「言っただろ? 兄が親父の跡を継ごうとしてて、兄嫁さんが女将してるって」

「言ってたね……。あの、ご挨拶する?」

「別にいきなりしなくていいよ。美颯がその気になってからでさ」

「その気?」


 紫月さんとお付き合いさせていただいておりますって、親御さんに挨拶する気があるかってこと?

 ……それって、あれだよね。結婚のご挨拶的な……あ、結婚する気になったらってことか!?


「美颯は表情がくるくる変わってかわいいな」

「は!? そ、そういうこと言うタイプだっけ……?」

「そりゃ仕事中やただの同僚には言わねえよ」

「……?」


 ただの同僚じゃなくなったから、そういうことを言うようになったってこと?

 なんかもう……会社での距離感との温度差がありすぎて、どうしていいやら分からない。

 当の紫月はさっきからずっと楽しそうに私を見つめていて、恥ずかしいけど、嫌じゃなくて、もう……。


「あの、恥ずかしいからあんま見ないで」

「見るよ、美颯はかわいいから」

「かわいくないよ、だらしないし、後輩に焼き餅焼いちゃうし」

「俺は嬉しかったよ。やっっっと、美颯が少し意識してくれたんだって」

「……かたじけない」

「どんな照れ隠しだよ」


 クスクス笑う紫月から目を逸らし、ごはんと汁物を食べ終える。しばらくして、最後にデザートのあんみつと緑茶が運ばれてきた。

 ツヤツヤの白玉にプルプルの寒天、とろりと黒蜜がかかり、みかんやモモ、ブドウにキウイまで添えられている。見た目がもうかわいい。


「ねえねえ、これも作れる?」

「作れる」

「スパダリだ」

「ハードルが低すぎるだろ」

「ところでさ」


 あんみつをひと口食べてから、顔を上げた。

 よく見ると、紫月のあんみつの方が全体的に小さいな。


「このコース、おいくらなんでしょうか」

「今日は俺が出すから気にしなくていいよ」

「えっ、いやでも」

「かっこつけさせてくれ。好きな女に告白するために、いい店選んだんだから」

「……そ、そうなの?」

「そうだよ」


 シレッと言って、紫月はあんみつのスプーンを置いた。


「あんみつ、私の方が大きかったけど」

「あ、気づいた? 好きかと思ってさ」

「……もしかして、メニューも私の好きそうなの選んだ?」

「さあな」


 紫月は目を伏せた。湯呑を手に取り、照れ隠しをするように庭園へ視線を向ける。


「言っただろう。かっこつけさせてくれって。ここでネタばらししたらかっこつかないじゃん」


 それ、もう言ったも同然ですけど。

 私もつられるように庭園へ目を向けた。

 庭の奥ではヒマワリが夕暮れの光を受けて揺れ、手前の小さな池では菖蒲が風にそよいでいた。


「……どんだけ私のこと好きなのさ」

「たくさん好きだよ」

「あの、お手柔らかにお願いします」

「悪いな、俺も慣れてないから手加減してやれねえや」


 くすくす笑う紫月は今までになく綺麗に見える。そんな顔が好きだと思ってしまって、私は本当にチョロい女だった。
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