離れた後の恋の仕方
一美のご両親に会う日まではがむしゃらに仕事をこなし、その日が2日後に迫る中、今日も盛沢山なスケジュールを順に消化していく。

専務室に水瀬が来て、部数会議で話していたメンズモデルの起用を本格的に始動し始めている話を聞いた。

「ー…以上がメンズモデルの起用についての話になります」
「ありがと。この前の部数会議で作った資料、本当によく出来ていたよ」
「姫川が何度も資料をチェックしてくれたり、仁も素晴らしい内容でプレゼンしていたのが新鮮だった」

水瀬が言うように編集長3人組のプレゼンは本当に素晴らしくて、この雑誌にかける思いを触れられて嬉しかった。

「俺も仁があそこまで話すのって初めてだったから、今後ももう少し話してくれたら良いよね。メンズモデルの起用に対する予算もこの資料で説明すれば経理の連中も納得してくれるし、『Clover』の新しい風を期待してるね」
「応えられるように頑張ります」
「あ、水瀬にちょっと話したい事があるから廊下に出ようよ」
「無茶振りですか?」
「ん〜、違うよ。橘は次の会議の準備をお願い」
「かしこまりました」

俺は水瀬と廊下に出て隅の所まで行く。

「無茶振りじゃなくて、どんな話?」
「今度さ、“凄く大切な人”の両親に会いに行くんだ」
「結婚の挨拶をするって事?」
「いーや。再会して、すぐはい結婚って事は無いよ」

簡単に進められる事ではないし、先ずはご両親に会わないと。

「そっか…、相手のご両親に会うのって緊張するよね。俺も初めて会った時はビールなんて一杯しか飲めなかった」
「水瀬でも緊張するんだ」
「するよ。何を食べても緊張して、味を覚えてない」

水瀬は苦笑しながらその時の様子を話すけど、俺も今度会う時は先ず玄関を通してもらえるかだな。

「高坂さんなら大丈夫だと思うけどな」
「だといいんだけどね」
「上手く行く様に願っているよ」
「おう、ありがと」

水瀬とは廊下で別れ、専務室に戻って橘と共に次の会議の用意をして、役員会議に参加をして1日をやり過ごす。

「今日もお疲れ様。明日もよろしくね」
「はい、お疲れ様でした」

橘を先に上がらせて自分の荷物を纏め、明日は服装を相談したデザイナーに会いに行って、金曜の昼に佐々木がいる和菓子屋に行って手土産を受け取ってー…、ここ2日間は忙しくなりそうだけど、一美とのことを進めるためにはご両親に先ず会うことが優先で、俺の両親なんて後回しでいい。

今日はもつ煮のお店で夕飯を済ませようかと思い、専務室を出て階段を降りて行き、ロビーを通って出口の方へ向かうと、外には可愛い部下の宝条さんが三輪っちに腕を掴まれている光景が目に留まって、心臓がドクンー…と鳴った。

その光景は大学時代の一美と佐々木の時とダブり、俺は足早に2人の元に近づく。

「はいは~い、怖いことはしないこと〜」

俺は三輪っちの腕をギュッと強く掴み、低い声でその手を離すように伝えると、三輪っちは渋々手を離し、宝条さんはまだ怯えていて、こんな顔をさせて、どうしてくれようか。

「亮二、先に帰れよ!」

すると俺達の元に仁が来て、仁がこんな大きな声を出すのって初めてだな。

「……帰る」
「さっさと帰ってね〜」
「次、邪魔すると飛び込み台から落とす」
「へいへい」

三輪っちがそんな風に言うけど、実際そんなことはしないって分かるし、俺は受け流すようにした。

三輪っちがバイクで走り去るところを見届け、まずは宝条さんのケアだと思い、仁と2人で宝条さんの側に寄り添うけど、やっぱり顔色が良くなくて、あの時の一美の姿とダブる。

四つ葉のビルから姫川が出てきて、仁は姫川から原稿を受け取り、宝条さんを藍山駅まで付き添うとのことで俺は仁に宝条さん託して2人を見送り、姫川と2人でもつ煮の店に行くことにした。

テーブル席に通されて、俺一押しのもつ煮とお酒に合う一品料理を幾つか選び、俺は瓶を持って姫川のグラスにアルコールを注ぎ、自分のも注ぐ。

「仕事終わりの1杯は美味しいね」
「明日も街歩きがあるから程々にしてぇ」
「分かってるよ。昼間に専務室で水瀬と話していたんだけど、部数会議での3人組のプレゼン、本当に良かった」

俺は一品料理をつまみながら会議の事を話し出す。

「水瀬が『おっさんを黙らせるには説得力のある資料を作ろう』って言い出して、そこから作った」
「口頭で言うのもありだけど、資料にグラフや画像もあって分かりやすかったから、参加者からも好評だった。姫川も街歩きで忙しい中で、よく纏めてくれたよ」
「ふん。6月号もだが、7月号は九条がこっちに来て1年は経つし、あいつに2つの記事を任せることにしているから、どうしても部数を取りたかった」
「任せるなんて凄いね。九条ちゃんが姫川の所に来て、もう1年か。よくついてきているね」

姫川と水瀬から九条ちゃんを姫川の所に異動させたいって聞いた時は姫川の厳しさについていけるか不安だったけど、続くものなんだ。

「九条ちゃんと仕事をしていて、手応えはどう?」
「文章の書き方は異動してきた当初よりもマシになってきて、今まで1人で雑務もしていたから、その負担も減った」
「これからも2人には続けて欲しいな」
「あー、九条は分かんねぇぞ」
「どうして?」

姫川はもつ煮をバクッと食べて、もぐもぐと口を動かして飲み込む。

「あいつ、俺の弟と付き合っていて、弟が結婚したがっているから」
「え…、えぇ?!ちょっと…、九条ちゃんが姫川の弟さんと?!」

姫川の突然の告白に自分が手にしている箸をポロっと落ちそうになり、慌てて持ち直すけど、九条ちゃんっていつの間に姫川の弟さんと知り合って?!あー…混乱してくる。

「季刊で取り上げた地域だが、あそこ、俺と弟が生まれ育った所でよ。九条が先に下見で訪れた時に弟と出会った」
「へぇ、そういう出会いって凄いね」
「まぁ……今後は2人が選ぶことだ。俺がとやかく言う立場でもねぇよ」

姫川が切ない顔をして瓶を持って自分のグラスにどんどんアルコールを注いで一気に飲み、そんな顔でグラスを置いちゃって。

「ウケるだろ、惚れた女が弟と付き合うの」
「ウケないし、きちんと接しているのは格好いいよ」
「ふん。お前こそ四つ葉の女達に言い寄られてるじゃねぇか」
「そこはきちんとお断りしている」
「へぇ、意外だな」
「そう?これでも大学時代から“凄く大切な人”一筋だし、もう2度と離れないって復縁に向けて奮闘中。すいませーん、烏龍を1つ」

俺は新しく烏龍を頼み、店員から置かれたグラスを手に取る。

「九条ちゃんのこと、話してくれてありがと。タウン情報部をどうするか、俺も見守るし、姫川と九条ちゃんの意見を尊重するよ」
「ああ。お前もケジメつけろよ」
「勿論。上手く行ったらご祝儀を期待する」
「はっ、先に九条に払うかもだぞ」
「そこは上司としてた~くさん包むし、任せてよ」

俺は空いている手で瓶を持ってアルコールを姫川のグラスに注ぎ、お互いグラスをぶつけて、一気に飲んだ。
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