離れた後の恋の仕方
いよいよ一美のご両親に会う日になり、待ち合わせ時間に遅れないように進めたいからスケジュールを1つ1つ消化していき、その時間が迫ろうとする度に一美の顔が浮かぶ。

どんな顔をしているか…、きっとご両親に気を使いながら仕事をしているだろうし、ご両親も…。

一美達にそういう顔にさせてしまったのは俺のせいであるし、今日は一発お見舞いされることを覚悟の上だし、先ずは目の前の仕事を終わらせなければと奮闘した。

昼間に佐々木が働く和菓子屋に行って手土産を受け取った時は佐々木の表情も何処か思っているようだったし、次に和菓子屋に来る時は良い報告で伝えに来たい。

仕事を終えて橘を上がらせて大事な手土産を手にして専務室を出て階段を降りていくと、2階の所でファッション部の副編に会い、一緒に降りる。

「今度いつもの居酒屋で飲み会をするんですけど、高坂専務もどうですか?」
「良いねぇ。また皆の恋バナをいっぱい聞かせてよ」
「俺よりも高坂専務の恋バナを聞きたいですよ」
「いつかねぇ〜」

俺は肝心な事ははぐらかして返事をし、四つ葉のビルを出て藍山駅に向かい、ロータリーでタクシーを手配し、少しして到着したタクシーに乗り込み、行く先を運転手に告げる。

「南◯駅付近の荒木不動産屋までお願いします。住所はー…」

住所を聞いた運転手はタクシーを発進させ、景色が徐々に南◯駅に向けて変わっていく。

ご両親に会うのも5年ぶりか…、一美と離れた時は会えずにいたし、きっと会ったら…、特にお母さんはきっとというか、これからも俺に対して思う事がある筈だ。

「まもなく着きます」

運転手の言葉に目の前の景色を見ると、荒木不動産屋の看板が見え、ゴクッと唾を飲んで両手をギュッと強く握る。

タクシーが荒木不動産屋の前で停まり精算して降りて、入り口の前に立って深呼吸をして、俺は入り口のドアを開いて中に入った。

「今晩わ」

俺がそう言うと受付のテーブル席に座る男性…、一美のお父さんが俺に気付いて静かに立ち上がり、俺の側に来た。

「久しぶりだね」
「5年も離れてしまい、申しわー…」
「ちょっと!!」

俺は言葉を続けようとしたら、お父さんの背後から声がして、続けて声の主が現れ、俺は体がビクッとした。

「よく来れたわね」
「母さん、一美がこの時間に来ると言っていただろう」

お父さんの背後から現れたのは一美のお母さんで、5年の月日が流れているから、お父さんもだけど2人の年齢の深みが進んでいるのが分かる。

「覚悟、出来てるわよね?」
「はい」

俺は真っ直ぐお母さんの目を見て答えるとお母さんは左手を思いっきり振り上げ、俺は目を閉じずにその左手が振り落とされるのを見続けると、お父さんが左手でお母さんの左手首をガっと掴んだ。

「貴方、離してよ!覚悟が出来ているって言ってるでしょ?!」
「………母さんがその役目をする必要は無い」

するとお父さんは空いている右手で俺の後頭部を思いっきり叩(はた)き、かなり鈍い音が部屋中に響いた。

「高坂君」
「はい」
「痛いかい?」
「……………一美さんやお父さん達の心の痛さに比べたら、痛くないです」

俺はお父さんの目を真っ直ぐ見て答えると、お父さんはフッと笑い、その笑い方は仁とそっくりだ。

「私や母さんよりも、一美の心の痛さはずっとこの先も残り続けるよ」
「はい」
「それでも高坂君は一美と居たいかい?」
「もう離れることはしません。じぃさんになってもです」

本当はもっと言えるのに、それはどっかに吹っ飛んで、ご両親の顔を見ながら想いを伝えた。

「だったらこれ以上言うこともないし、私達は見守るだけだ。母さん、もう高坂君を許しなさい。彼はもう5年前の彼じゃない、前に進もうとしているぞ」

お父さんはお母さんの左手首を掴んでいた左手をそっと離し、その手をお母さんの背中に添えた。

「あの子を…一美の人生を一度台無しにしたあんたを受け入れるには時間がかかるわ」
「時間がかかるのは承知しています」

お母さんが俺のことをまだ納得はしないのは仕方ないし、時間がかかるのは百も承知だ。

「もぉ~私がお見舞いしたかったのに、お父さんってば良いところを取らないで欲しいわ」
「母さんの美しい手を痛める事はさせたくないし、父親の俺が叩(はた)くのが役目だ」
「まぁ!美しい手なんて嬉しい!」

さっきまで超シリアスな空気だったのに、お母さんのテンションの高低差に俺とお父さんは呆気になると、お父さんはコホンと咳払いする。

「高坂君も此処に入るのは相当勇気がいっただろう」
「否定はしないです」
「だろうね。さ、奥のリビングに入って。一美が待っているぞ」
「はい…、有難うございます」

ご両親の後に続いて5年ぶりに荒木家のリビングに入ると、一美がテーブル席の1つの椅子に座っていて、俺に気付いて立ち上がって傍に来た。

「稔!」
「お父さんにお見舞いされたけど、じぃさんになっても離れないと伝えたよ」

一美にそう伝えると、一美はご両親に顔を向けた。

「お父さん…、お母さん…」
「この先の事は2人で乗り越えなさい」

お父さんが一美だけじゃなくて俺にも向けた思いが伝わり、俺は左手で一美の右手をギュッと握ってご両親の顔を真っ直ぐ見る。

「5年前、俺の家族の都合で一美さんとご両親、そして仁達を傷つけてしまい、本当に申し訳ございませんでした。言葉が重なりますが、じぃさんになっても一美さんと離れる事はしません」
「私もおばあちゃんになっても稔と一緒に居たいわ」

一美の言葉はご両親、俺にも響き、やっぱ俺の隣には一美じゃないと駄目だなと改めて思う。

「本当に良いのね?」
「うん…、お母さんがいつも気にかけてくれてるの嬉しいし、また稔がヘマしたらこれからは私がお見舞いするから大丈夫」
「わぉ、それは気をつけなくちゃ」

お母さんが一美に意思確認をすると、一美は俺にお見舞いするって言うし、俺も場を明るくしようといつものように返したら、リビングの中は笑いが起こる。

「高坂君は変わってないな。さ、座ってお茶でも飲もう」
「私がお茶を淹れるわ」
「ではこちらの和菓子を皆さんに」

お父さんに座るように促され、お母さんがお茶を淹れるためにキッチンに向かったので、俺はお父さんに和菓子の袋を差し出した。

「おお、此処の和菓子は私達は好きなんだ」
「先日、所用で此方の和菓子屋に伺いまして、佐々木君にお会いし、これは彼が一緒に選んでくださいました」
「佐々木君が務めている和菓子屋に行ったのか」
「はい。卒業以来の再会でしたけど、和菓子を作ることに誇りを持っていましたし、僕もこの和菓子は好きです」

キッチンからお母さんが戻ってきて其々の前に湯呑みが置かれ、和菓子を皆で食べる雰囲気が5年経っても温かさが変わっていない。

俺は和菓子をバクッと食べ、お茶を飲みきると今日は此処までと思い、姿勢を正す。

「今日はお忙しい中、お時間を頂いて有難うございました。帰ります」
「見送って行くわ」
「遅いし、いい大人だから大丈夫」
「私が駅まで付き添おう」

一美の申し出を断り、お父さんが席を立ってリビングを出ていくのは、俺が初めてこの家に仁の臨時家庭教師で来た帰りと重なるな。

「高坂君」
「はい」
「一美の後ろには私がいるから、忘れないでね」
「勿論です。では失礼します。一美もまたとびっきり美味しいカフェラテを飲みに行こうね」
「うん…、またね」

俺はお母さんと一美に頭を下げてリビングを出て、お父さんと一緒に南◯駅に向かう為に荒木不動産屋を出て歩き出した。

「まだ後頭部は痛いかい?」
「痛くないのは嘘になります」
「だろうね。でも母さんにあの役目はさせたくないのは本当だし、父親として子供が幾つになっても想う気持ちは分かってね」
「はい」
「きっと高坂君のご両親の壁は高いと思う」
「………そうですね」
「でも今の君なら壁を破っていけそうと感じたから、私達は見守るし、いつでも話を聞くよ」

お父さんが優しく微笑んでくれて、マズイ、視界が滲むのを堪えると、お父さんが俺の頭にポンっと右手を置く。

「5年も変わらず、一美をずっと想っていてくれて本当に有難う」
「は…い…」

瞼を閉じれば涙が頬を伝う。

荒木家をあんなに傷付けた俺をご両親は受け入れてくれて、自分が情けなくて格好悪い。

「母さんもね口は厳しいけれど、『渋滞に巻き込まれてたら貴方が走ってでも迎えに行きなさいよ』って。素直になるのはもう少し先だが、一美から君が来る日を聞いた日はとてもホッとしていたんだ」

お父さんが俺が荒木家に来る日を相談した当時の事を話していると、南◯駅が見えてきた。

「送っていただいて、有難うございます」
「高坂君」
「はい」
「君のご両親、特にお母さんは一美に対してずっときつくなると思う」
「自分の母親ながら恥ずかしいです」
「男の親と娘の親は感じ方が違うから、そこは永遠の課題だし、一美を最後まで守ってくれ」
「……勿論です。最後まで守りますし、危ない時はすぐ荒木家にきます」
「ああ、いつでもいい。今日は会えて良かった」

お父さんから右手を差し出され、俺も右手を出して握手した。

「君なら大丈夫だ」
「有難うございます。また伺います」
「ああ」

手を離して俺はお父さんに一礼し、南◯駅の改札を入り、自宅へと戻っていった。
< 46 / 48 >

この作品をシェア

pagetop