離れた後の恋の仕方
次に見せてもらったのはキッチンで、俺の家だと母親が拘った食洗機付きのシンク、コンロも電動だったりとしていたけど、高齢向けになると広さもコンパクトにしてシンクの高さも低めなんだな。

「高い位置の戸棚は設けず、食器棚は低めの位置にしています。この1列の広さが長いので家電を置くことも可能です」

仙道さんがキッチンの設備を説明し、そういえば母親も高い場所の戸棚は余り使わずにいたし、お手伝いさんだった林さんも同じで、ふと自分の両親の老後を想像した。

2人共、年齢を重ねているし、親父が定年になったらあの家にいる時間も多くなるだろうし、親父って趣味があんのか?母親が親父の面倒を見ることが多いだろうけど、任せっぱなしは流石に息子としては駄目だろう……、そう言えば母親と面と向かって普段の話をしていないと気付く。

顔を見ればお互いが文句言ってばかりだし、荒木家の雰囲気とは180度違う…、キッチンの食器棚に手を置いてばぁさんの年齢になった母親を想像して、母親もこうしたコンパクトのキッチンなら自分の好きなお茶の用意もしやすくなるか?

「稔?」
「ん?あ、悪い。こういうコンパクトな間取りなら、使いやすくてお父さんの腰の負担も少ないよな」
「そうね。お母さんもお茶菓子用の食器を収納したいから、こういう高さが丁度良いかも」

母親のことを想像していたなんて言えなくて、今日は一美のお父さんのお願いで来ているんだから、それにあった会話をする。

一美は食洗機のドアを開けたり、コンロの高さも見たり、仙道さんに説明を真剣に聞いていて、次はリビングとそれに続くように間取りをされている和室があった。

畳の香りって良いし、和室に置かれている木材の机も色が濃い茶色で渋いなぁ。

「座って此処から眺めるリビングの雰囲気も良いですよ」

仙道さんに提案されて俺は和室に敷かれている座布団に座ってそこからリビングを眺めると、おおぉ、良いな。リビングでは一美がソファに座ってパンフレットを眺めていて、うん、将来のビジョンが浮かんできて口元が緩み、向かいの座布団に仙道さんが座った。

「駆け足な部分があったと思いますが、この間取りは如何でしょうか?」
「住む方の事を良く考えられた動線で、家具の配置も良いですね」
「有難うございます!設計士が細かく間取りの採寸をしていますし、インテリアデザイナーも壁紙や照明の位置も拘っていまして、それをこの展示場で紹介が出来るのが嬉しいです」

仙道さんは嬉しそうに話すので、本当にこの仕事が好きなんだろうな。

「お連れ様も真剣に聞いていただけるのが嬉しくて、細かい説明ばかりですいません」
「いいえ。住まいを決めるのは簡単ではないですし、こうしてお話をしっかりしてくださり、彼女も喜んでいると思います」
「そう言ってくださるの嬉しいです。家族思いの素敵な方ですよね」

仙道さんはリビングから続くベランダの広さを確認している一美に視線を向けるけど、あ~そんなキラキラした瞳で俺の“凄く大切な人”を見ないでよ。

俺は静かに立ってベランダのスペースにいる一美の元に行き、仙道さんの視線をブロックする様に立った。

「真剣に見ていたけど、間取りはお父さんのお願いに叶いそう?」
「そうね、受け答えもしっかりしているし、お父さんに報告が出来そうだわ」
「オッケー、じゃあ用は済んだから行こうか」
「ええ」

俺は一美と小声でやり取りして仙道さんの方に顔を向けたら、本人も和室から出てきて俺達の元に来た。

「今日は有難うございます。彼女のご両親にパンフレットを見せて、感想も伝えますね」
「有難うございます!いつでも何回でもご来場は大丈夫ですので、是非その際は僕が案内をします」
「ええ。また」

俺達は仙道さんの元から離れようと、俺は左手で一美の右手をギュッと握って歩き出した。

ギュッと握ったのは仙道さんから牽制するためであり、ちょっとした嫉妬もあって握る力も強くなると一美は顔を俺に向ける。

「稔?」
「はいは~い、行きますよ~」

俺は明るい声でどんどん展示場の出口に向かって歩き出し、出口を出て展示場から大分離れた場所で握った手をパッと離した。

「お疲れ」
「うん、付き添ってくれてありがと」

一美は仙道さんから受け取ったパンフレットをバックにしまい、俺達は最寄り駅に歩く。

「ねぇ、稔」
「ん〜?」
「受付で言った事だけど…」
「あ~、気にしてないって言うのは嘘になるかな。でものんびり待つし、今は離れた5年分を埋めさせてよ」

やっぱ一緒に住むまでにはそう簡単じゃないし、気持ちを隠したって一美はお見通しだから気にしてないって正直に言い、今は離れてしまった時間を埋めたい気持ちを伝えた。

「………うん。埋めるのはとても時間がかかるけど、どういう風に埋めるか楽しみにしてる」
「楽しみにしていてよ。3雑誌の6月号も一美に読んで欲しいし、今日は付き添えて良かった。お父さんの反応も聞かせてよ」
「ええ、また連絡するわ」

最寄り駅の改札が見えてきて、一美が改札の中に入っていくのを見送って、俺もタクシーで自宅に戻った。

自宅の前にタクシーが停車し、精算して降りて玄関に入って靴を脱ぎ、リビングを通ってキッチンに向かうと、母親が高い場所の戸棚に手を伸ばして紅茶の缶を取ろうとしていて、ふと今日のマンションの展示場のキッチンで母親の事を考えていた時を思い出す。

「………」

いつもだったら無視するのにー…、俺は母親の傍に行き、自分の右手で紅茶の缶をヒョイッと取ると母親が俺の方に振り向き、俺は紅茶の缶を母親に差し出す。

「どーぞ」
「………ありが…と」

母親は紅茶の缶を受け取り、俺は食器棚から自分用のコップを手に取って水道水の蛇口をひねってコップに注ぎ、コップに口を付けてゴクゴクと一気に飲んだ。

唇をぷはっと離して左手で口元を拭い、コップをシンクの所に置いてキッチンから出て行き、廊下を歩いて階段を上がって自分の部屋に入る。

『………ありが…と』ー…、文句以外に久しぶりに感謝の言葉を聞いたな。小さい頃は母親の助けをしたくて、キッチンをうろちょろしていたっけ。

『有難う、稔。とても助かったわ』
『ヘヘ、どーいたしまして』

あの時は母親の役に立ちたくて、お礼を言われる度に嬉しかったな…、こんな思い出を浮かぶのは展示場に行ったからかもな。

ベットに腰掛けてそのまま後ろにボスっと倒れ、天井を眺め、今日は一美に季刊を読んでもらえたし、お父さんのお願いの付き添いも出来て楽しかった。

まさかマンションの展示場が仙道さんが受け持っている場所だとは思わないし、一美を見る目がなぁ。

『ずかずかと俺と一美の間に入ってくんだよと思った』ー…、佐々木の言葉を思い出し、今の俺って佐々木の立場か…、佐々木の言葉の意味が此処で分かるなんて。

一美も仙道さんも不動産関係で俺には無い共通点があって少し妬けるし、あ~、モヤっとしてきてマズイな。

ベットからムクッと身体を起こしてクローゼットに行き、寝間着に着替え、朝にシャワーを浴びてリフレッシュしないと。

週明けも仕事が続くし、仁が鷲尾さんの取材に行くから帰ったあとはどうなのか聞いてみようと決め、俺はベットの掛け布団を捲って中に入って瞼を閉じるも、中々寝付けず、結局寝れたのは夜中になった。
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