離れた後の恋の仕方
翌日、起床して1階の洗面台で顔を洗うも、鏡に写った自分の表情の酷さに呆れる。

「格好いい顔が台無しじゃん」

いつも一美が俺に言う台詞を自分で言うのも変だけど、マジでイケてない。今日は一美に会うんだし、そんな顔をしていたら駄目だろと突っ込む。

両手で頬をバチンっと叩いて気合い入れて身支度を整えて家を出ると、スーツの内ポケットに入れているスマホが揺れたので取り出し、画面をタップしてみれば一美からのメッセージだったので、即開いた。

『今日、お父さんと店番を交代になっちゃったから、申し訳ないけど他の日にずらしても良い?』

あらら…、それは仕方ない。でも折角だから会いたいな。

『もし良かったら三斗の店に寄って、つまみを作ってもらって差し入れに行くけど、どう?』
『ありがとう!今日は夜8時まで店番だから、その後になら会えるわ』
『リョーカイ。とびっきり美味しいつまみを作ってもらうよ』

メッセージのやり取りを終えて最寄り駅に向かい、満員電車の通勤も少しは慣れてきて、藍山駅に着くと水野がいたので肩をポンっと叩いて横に並ぶ。

「おはよ〜。昨日は色々話せて楽しかったよ。あの後も飲んだんだろ?」
「おはようございます。あの後は俺と石毛さんは平気でしたが、田所さんが珍しく酔いつぶれてました」

2人で歩きながら昨日のことを話して四つ葉に向かい、ビルに入って階段を上がる。

「ノルマ3ヶ月に向けて、いつもありがとね」
「休刊なんて1ミリも嫌なんで、絶対に阻止しますよ」
「うん、頼んだよ」

3階の廊下で分かれ、専務室に入って自分の席にドカっと座り、ふぅっと息を吐く。

メッセージの文章だと一美がどんな表情でいるか分からないし、他の日にずらしても昨日のことは引きずるだろう、早めにその気持ちを無くしたかったから、三斗のつまみを口実にして会いに行くことにした。

専務室のドアが開いて、橘が入ってくる。

「おはよ〜」
「おはようございます。昨日は誘って頂いて有難うございました」
「いーって。他の部署と話せる機会ってあまり無かったし、色々話せた?」
「はい。昨日はファッション部の人達と荒木編集長の事で物凄く盛り上がって、本当に人気なんですね」
「仁の人気は俺の次だけどね。本人は『興味持たれる意味が分からない』って言うし」
「荒木編集長ってご自身の魅力に気付いていないのが不思議です」

専務室のドアが開いて経理課の木暮が入ってきて、俺の前に立つ。

「新しい広告の契約につきましてですが、昨日担当者との間で内容を確認しあい、主に『Focus』の広告ページに2年程掲載されます。それによって広告の部分の収益については此方の資料を作り、三井部長も目を通してあります」

俺は木暮から渡された資料に目を通し、このご時世で継続的に出すのもありがたいし、2年もなんて凄い。

「この広告の担当者にお礼状を送るから、橘は用意をお願い」
「かしこまりました」
「担当者はー…、げっ」

資料の担当者の名前を見て、思わず声が出てしまった。

「どうかしましたか?」
「ううん、忙しい中で契約を纏めてくれてありがと」
「はい、失礼します」

俺が思わず声が出てしまったのを木暮が気にしていたけど誤魔化し、また資料に視線を向けて担当者の“仙道一”の文字に小さく溜め息を吐く。

2年も付き合いが続くのかー…、この後も仕事上で会う事があるけれど俺と一美の間に入ってくるのは別問題だし、この後一美に会う時に仙道さんの事を話し合おうと決めた。

あ、そうだ、その前にー…

「ねぇ、橘」
「はい?」

俺はお礼状を用意している橘に声をかける。

「担当者の仙道さんに送るお礼状だけど、俺が書く」
「え…、でも…」
「どーしても仙道さんに伝えたい事があるから」

俺は特大のスマイルと右手を橘に差し出すと、橘はビクッとさせて俺の所に来てお礼状一式を渡した。

「どうぞ…」
「ありがと〜」

俺は橘からお礼状一式を受け取り、バックから万年筆を取り出して、お礼状の便箋にさらさらと広告のお礼と共に“あること”を書いて、お礼状の封筒に入れて橘に差し出す。

「総務課に行って、速達でお願い」
「かしこまりました」

橘はお礼状を受け取って専務室を出ていき、俺は椅子に深く身体を沈ませてふぅ~と息を吐いた。

“あること”はちょ~っと俺の気持ちを書いたけど、まぁ、此処で釘をさしておかないと。こんな腹黒い部分はみっともないけど、やっと一美との時間を邪魔すんなよと思っただけ。
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