離れた後の恋の仕方
俺は自販機に小銭を入れて缶珈琲を買い、駐車場に戻り、助手席の後ろのドアに背中を預けて寄りかかり、缶珈琲のプルを開けてゴクゴクと飲む。

唇を離して顔を助手席の方に向けると、背もたれを斜めに倒して俺のスーツの上を毛布代わりにかけて眠る一美の寝顔をじぃっと眺めた。

「気持ち良さそうに寝ちゃって」

俺は苦笑して顔を元に戻し、また缶珈琲を飲む。

さっきも思ったけど、一美に触れたい時はムードやシチュエーションを優先に夜景の見える部屋を選んで、そこでふかふかのベットで沈みたかったのに、何だろ…、理性なんて何処か吹っ飛んで、めちゃくちゃに動いて繋がったっけ。

俺ってダッサイなぁ…、しかも俺の愛車じゃなくて荒木家の車だし、三斗が気づいたら塩を固まりでぶっかけてきそうだ。

『やっぱりまだ誘われる事があるんだって…』ー…、俺だって誘われるとは思わなかったし、やっぱりって事は一美の信用を未だ得ていないな。

小さく溜め息を吐いていたら助手席のドアが開き、俺のスーツの上を羽織った一美が降りて俺の隣に来たので、俺は右手で一美をグイッと抱き寄せ、一美の頭に自分の頬を寄せる。

「“こう”してようか?」
「ん…」

一美は俺の胸元に顔を埋め、俺のワイシャツの腹の部分を手でギュッと握って、俺は片方で持っている缶珈琲を車の屋根に置き、両手を一美の背中に回してギュッと一美を包む。

車の中で繋がっていた時は艶っぽい香りだったけど、今は外気で何処かに消えてしまい、あー…、残念。次に一美に触れる時はふかふかのベットか、太陽の光を存分に浴びた旅館の布団だな。

6月号の仮印刷にいけるまでは暫く一美との時間が難しいから、俺は腕の力を強め、会えない分として一美の温もりを体に染み込ませるようにする。

一美が見上げたので俺も視線を下に向けると、一美は右手を俺の左頬に添え、じぃっと俺を見つめる。

「そんなに見つめられると照れちゃうな」
「もう…、ふざけた言葉を言わないでよ」

一美の瞳が潤んでいて、参ったな…、一美の視線は俺の心の奥底にある部分を引き出そうとしていて、俺は一美を抱きしめて、一美の左側に顔を寄せる。

「招待状と一筆箋もビリビリに破る時も」
「うん…」
「断りの電話をする時も一美の顔がずっと浮かんだ」
「うん…」

ポツポツと思っている事を言うと、一美は優しい声で相槌をしてくれるから、余計に腕の力が入る。

5年前に離れた後は祐一や仁は一美の話を“聞く”という感じで、それはそれで良いけど…、一美だったら…、いや、一美じゃないともっと奥底の部分を曝け出せない。

「毎回さ、断っても断っても見合い話を持ってくるのがしんどい」
「私と付き合っていた時もあったもんね」
「あった。マジでありえないだろ?子供の恋愛に干渉しすぎだってーの」

自分の親に対する気持ちが湧き水の様に出てきて、それを“凄く大切な人”に言うのも変だけど、今の俺を受け止めて欲しくて…。

「愚痴ばっかの俺って格好悪いでしょ?」
「悪くて良い」

俺が自虐ぽく言うと、一美がまた俺の胸元に顔を埋める。

「その全部が稔だから」
「うん…、ありがとう」
「どーいたしまして」

参ったな…、俺の台詞を取られたけど、やっぱ俺の隣は一美じゃなきゃダメだと強く想いが募り、視界が滲んで…、鼻を啜る。

“出版社の息子”や“専務”という肩書で近寄ってくる女性じゃなくて、一美じゃなきゃダメだ。

ギュッと抱き合っていたら車の中から俺のスマホの着信音が聞こえ、残念、この超良い時間が終わったと思い、そっと腕を離して助手席のドアを開けて自分のスマホを手にすると、画面には祐一の文字が表示されていて、俺は少し車から離れて通話ボタンを押す。

「もしも〜し」
『復帰の目処がついた』
「マジ?!」
『うん。兵藤が主治医になってくれたから通院は続くけど、待たせてご免な』
「いーや。マジで嬉しいし、今度の休日に約束のもつ煮を食べに行こうよ」
『楽しみにする。あと、姪の里香の仕事ぶりをいつも教えてくれて有難う』
「よくやってくれているし、また会った時に話すよ」
『うん、また』

祐一との通話を終えて、一美の元に行く。

「祐一が復帰する」
「ずっと体調が良くなかったんだっけ?」
「ああ。健康診断で引っかかって検査して、そのまま入院だったから、すっげー寂しかった」

俺は車の屋根に置いた缶を持って、運転席のドアに手をかける。

「家まで送る」
「でも…」
「カッコつけさせてよ」
「…………ありがと。安全運転でお願いします」
「勿論。ほら、行くよ」

2人で其々のドアを開けて乗り込み、一美が助手席のシートベルトをしたのを確認してから俺も運転席のシートベルトを付けて、エンジンをかけ、荒木不動産屋に向けてアクセルを踏んだ。
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