離れた後の恋の仕方
佐藤が原稿をビリっビリに破き、青木印刷所に提出する迄の日が残り2日となり、仁からはスマホのメッセージでスポーツ部の様子を教えてもらい、そこには佐藤がまだ四つ葉に戻ってきていないのと、佐藤が持っていたページ数を自分で新しく書くとまであった。

本人がやるならそれを見守るしかないが、メッセージの後半には『原稿は書くけど、青木印刷所に出すバイク便の時間ギリギリまで佐藤が来るのを待つ』とあり、後2日…、佐藤の応えを待つしかないか。

俺は実家から出て愛車に乗り込んで四つ葉に向かい、ビルの近くの時間制の駐車場に駐車し、ビルに入るとロビーのソファに水瀬が座っていて、俺に気付いて立ち上がり、側に来た。

「おはよ〜」
「おはようございます。少しソファで話しをしても良いですか?」

プライベートなことだったら口調は友人ぽくなるけど、そうじゃないのは仕事だな。2人でソファに対面で座り、水瀬がコホンを咳をする。

「2つありまして、1つはメンズモデルの起用がまとまってきたので、この後モデルとマネージャーの方が四つ葉に挨拶と打ち合わせをしに来ます」
「かなりのイケメン?」
「イケメン…、うーん、副編や部下達の評判は良いですね。『Clover』の読者層に近い年齢のモデル2人で、我妻大智(あずまだいち)さんと内田新平(うちだしんぺい)さんです。同じ事務所なので、スケジュールをしやすいようにしたかったのも決め手です」

成る程ねぇ、読者層年齢が近いなら違和感が無いし、バラバラな事務所よりも一緒だと何かあっても連絡がつきやすいかもな。

「あと1つは…、この間高坂専務に届いたパーティーの招待状の主催者から連絡が来まして…」

水瀬が言いにくそうな表情で話し出す。

「この前、俺から断りの連絡したよ」
「その事で『大変不快な思いをさせて申し訳ございませんでした』と。俺と副編は改めて参加するか辞めるかで保留にしています」
「えー、折角ファッションの知識や情報を得られるから、俺のことは気にせずに行ってきなよ。後で出ればよかったになるかもだし、ファッションの流行はずっと早い速度で変わるからさ」
「高坂専務がそう言うなら…、沢山ファッションの事を勉強してきます」

俺が論するように水瀬に言うと、本人は渋い顔しつつも行くことを決めた。

「良いと思うよ。わざわざパーティーの事をありがとね」
「ちゃんと話しをしたかったので。お酒も程々にするよ」
「でしょ?でもあのパーティーの時は星野さんの事を想っての一発だったから、俺はすげぇ格好いいと今でも思うよ」

水瀬は以前の別のパーティーで、星野さんの元カレが星野さんを侮辱した言い方をし、水瀬が右手一発お見舞いした事があり、その時は背景を知らなかった俺は水瀬に自宅待機を言い渡したけど、真相を知った時は水瀬の星野さんに対する想いが嬉しかった。

普段も自分以外の人に優しい水瀬があそこまで感情を剥き出しにして一発お見舞いするくらいだし、俺も5年前に仁に右手で一発お見舞いされた時は一美の事を想っての一発だと思う。

「そろそろ始業になるから行くね」
「おう。6月号、楽しみにしてるよ」

2人でソファを立って階段を上り、2階で水瀬と別れて3階の廊下を歩き専務室に入ると橘と水野がいて、水野は俺の側に来た。

「荒木編集長にお伝えしたのですが」
「うん」
「青木印刷所へ提出する日までに俺も新しく原稿を書いて、荒木編集長に挑むことを伝えました」

水野の表情は意気込みが感じ取れて、へぇ~水野もこうした1面を持っていったんだ。

「良いね。荒木は遠慮しないし、俺はこういうのをどんどんしていって良いと思う」
「はい!」
「ねぇ、橘も水野のやる気って良いと思わない?」
「え?私ですか?」

俺が橘に振ると橘は体をビクッとさせる。

「高坂専務…、橘さんに急に振ったらだめじゃないですか」
「えっと…、まだ水野さんの原稿を読んだ事がないのでどうお答えしたら…」
「無理に答えなくていいですよ。俺から言うのも変ですけど、“Scoperta”の本は本当に良くて、スポーツ部の皆が読者にこのスポーツを届けたくて書いているので、お時間があれば読んでくれたら嬉しいです。では俺は秋山と取材に出かけます」

水野は橘にそう言うと専務室を出て行った。

「高坂専務!いきなり無茶振りをしないでください」
「ご免、ご免。でも水野の言う通り、うちの3雑誌は凄く良いから、橘も最後の日を迎えるまでは読んでみてよ」

俺はそう言うと、橘の表情は少し寂しそうになる。

「そう、ですね。最後の日になりましたら、3雑誌の感想を伝えます」
「うん。四つ葉の後はどうするか、決めている?」
「はい。派遣スタイルの契約が性に合っているので、先日エージェントにお会いして幾つかお話を進める事になっています」
「そっか。うちの四つ葉の経験を忘れないでね」
「忘れないです」

橘ははっきりと答え、バックから手帳を取り出して俺の前に立つ。

「本日のスケジュールの確認から始めます」
「良いよ〜」

俺は橘からスケジュールを確認し、仕事をし始めた。
< 69 / 77 >

この作品をシェア

pagetop