離れた後の恋の仕方
専務室で仕事をこなしていて、腕時計を見ると午後4時24分を指していた。

このままバイク便の時間を迎えるのかー…、専務室のドアがノックされて開くと水野が紙束を手にして入ってきて、俺の前に立つ。

「荒木編集長に原稿をチェックしていただきました。高坂専務もお願いします」
「分かった。佐藤は?」
「まだ…。ですが、皆も荒木編集長も来るのを信じて待っていて、バイク便の封筒には何も入れていないです」
「そっか…」

まだ佐藤は来ていないかー…、俺も来るのを信じているけど、原稿の提出をする事が出来ないことは避けたい。

「俺は少しスポーツ部の様子を見てくるから、橘は此処で待っていて。水野、行くよ」
「はい。橘さん、失礼します」
「はい」

俺は水野と一緒に専務室を出てスポーツ部が使っている会議室に入り、上座に座って水野の原稿を1枚1枚黙読する。

今回水野が3日で書くと言っていた原稿はプロを目指す練習生についてで、目指したきっかけや練習の取り組み、プロになった後の展望など書かれているが、ありきたりな質問ではなく、水野もプロを目指していた経験があるから言葉選びも田所とは違うのを使っているし、原稿の最後の部分はその練習生とこれからプロを目指す人への最大の敬意と激励が書かれてあり、これを3日で書きあげた水野が凄い。

そして仁の原稿に目を通すとこちらも本人の企画とは違う内容で、いつ読んでも読後感が良いな。

会議室の時計をちらっと見て、もうバイク便の時間で待てるのは此処までかー…、俺は決断の時を迎えたと思い、皆に顔を向けた。

「荒木と水野の原稿で行く。宝条さんはー…」

俺が指示を交えてそう告げると仁は赤ペンを持つ右手の力がグッと増し、田所は下唇をギュッと噛み、B班の高橋は俯きながら原稿を書いていると会議室のドアが開き、全員でその方へ顔を向けたらはぁはぁと息を整えて汗が頬を伝っている佐藤の姿があった。

佐藤は数回息を整え、つかつかと会議室の中を歩いて仁の側に来て、手にしていたバックから紙束を取り出して仁に差し出す。

「遅くなってすいません。原稿、読んでください」
「……分かった」

仁は原稿を受け取り赤ペンを走り出し、俺は仁の原稿を静かにおいて見守り、周りのスポーツ部の全員も手を止めて仁の赤ペンを見守った。

ー…キュッ…、キュキュ…ー…

今、仁の心中は本人しか分からないけど、俺は仁が佐藤の事を思って涙を流した日を思い返し、仁が編集長になってから最大のピンチを迎えてそれを乗り越えられそう。

そして赤ペンの走り出す音が無くなり、仁は俺に佐藤の原稿で行きたいと申し出て、俺は仁から佐藤の原稿を黙読すると、うん、これは佐藤と水野でいくべき原稿で、仁が自分の原稿よりも2人を優先した事が嬉しくて、仁の、スポーツ部の1つの成長を感じた。

俺から言う言葉は決まっていて、佐藤の顔を見て原稿を差し出しす。

「おかえり。待ってたよ」

そう伝えたら佐藤は口をへの字にしながら泣き出し、原稿を大切に受け取った。

そこからはバイク便に間に合うようにスポーツ部の皆が提出に向けて取り組みだし、可愛い部下の宝条さんがバイク便のやり取りをするために会議室を出ていく。

俺の隣に座る仁は小さくふぅっと息を吐いて、きっと気持ちがほっとしたんだよな。俺は右手を仁の左肩にポンっと置いた。

「お疲れ」
「本当に疲れた」
「だよね」

仁がボソっと言うので、俺は苦笑する。まー、疲れたのは俺もだけど、佐藤は冷や冷やされちゃって。

佐藤が皆に差し入れを申し出て田所と水野も行くとのことで、俺は仁と共に3人を見送り、戻って来た時は宝条さんも差し入れの買い出しを手伝ったようで、手にはレジ袋を2つ持っていた。

差し入れを堪能し、仁はスポーツ部を上がらせて、俺は佐藤にちょ~っとお説教をしなければと思い、仁と佐藤の3人で専務室に戻り、橘をあがらせる。

「原稿を破くのは許せない」

俺は仁から聞いていた佐藤の行動に対して苦言し、本人も身体をビクッとさせる。

「それ(取材)に携わって協力をしてくれた人達の言葉を破くのは違うだろ」
「……い」

俺も大学の頃に立ち上げた本を作るサークルで取材を経験し、四つ葉に入ってからは毎号の取材をするために自分の時間を削り、時たま一美と衝突もあったりしたしたけれど、それでも“Scoperta”の雑誌を楽しみにしてくれる読者に届けるため頑張れた。

だからこそ取材に携わってくれた人達への感謝を忘れてはならないし、それを破ることはやってはいけないことで、それに佐藤が破るべき物は原稿ではない。

「仁、あの手紙を持ってるだろ」
「持ってる」

仁が黒パンツのポケットから【退職願】を取り出して、佐藤に差し出す。

「佐藤が破くのは原稿じゃなくて、こっち」 「………」

佐藤は黙って仁から【退職願】を受け取り、大粒の涙を流しながら思いっきりビリビリと破く。

「おかえり」
「…い、…はい…ありがとう、ございます」

仁が佐藤の頭に手を置いて髪の毛をクシャってする仕草は本人のお父さん譲りで、何だか泣けるな。

2人が専務室を出て行き、俺はビリビリに破かれた紙くずを拾ってゴミ箱に捨て、ふぅっと息を吐いて専務室を出ていき、社長室ドアをノックしてドアを開いて中に入った。

「佐藤が戻って来た。俺も荒木の赤ペンをチェックしたけど、6月号は佐藤と新しく水野が書いた原稿を載せたい」

俺は社長室の椅子に座っている親父に佐藤の事と、6月号の追加分を話す。

「増やすのはいいが、価格はどうするんだ」
「佐藤のページ分は元々掲載することでそのままだったけど、今回水野が書いた原稿は150円プラスする。値上げだけど読めば親父も納得するし、上がった分は7月号への印刷の依頼分に少し回せるし、経理課のおっさんも印刷代にケチはつけないだろうから、社長から言ってよ」
「三井が納得するならいいが、話してみる」
「ありがと」
「タウン情報やファッション部は順調か?」
「順調だし、さっき可愛い部下の宝条さんがバイク便の手配をお願いしたから6月号は大丈夫」
「ならいいが」
「佐藤の事は想定外だったけど、原稿が載らない場合の対処方法は学んだし、後は仁が7月号のノルマに向けてやってくれるのを信じてる」

俺はそう言い、社長室を出て行き、専務室に戻った。
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