八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜


談話室は十畳ほどの広さがある。
そこに一八〇センチはある龍彦が一人立っているだけで、部屋が小さく見えた。

「瞳子、遅い! 俺は暇じゃないんだぞっ」

私はいらつく龍彦に叱られながら扉を閉めた。

「私も仕事中なのよ。無理いわないで。待つのが嫌なら社内チャットでやり取りしましょうよ」

「チャットは社内ログに残るからダメだ」

「……用件は何?」

私が尋ねると、龍彦は大きく息を吐いた。

「あのさっ、俺の顧客の東九電鉄社長の長尾いるだろう。投資信託の動きが悪くて、しっかりフォローしろって文句を言ってくるんだ」

やっぱり仕事の相談だった。
龍彦はこうやって私を呼び出しては、大口顧客の財産管理について相談してくる。
チャットではダメな理由はここにあった。

ただし、いつも愚痴ばかりで、彼自身は解決策を一切考えない。

「で、瞳子ならどうする?」

見立てと戦略は、当然のように私にゆだねてくる。
いつものことだから、私も抵抗することなく真剣に考察した。

「そうね。私なら、もう少し様子をみさせてもらうわ。新興国の株は予想外の動きで下がるのは想定内だからね。でも、ヨーロッパでもその国に投資をつぎ込んでいるし、確実に成長を続けているから、長期的にみれば上がってゆくはず」

「そうだよな。俺もそう思っていたんだっ」

龍彦は安心したように笑った。
私は小さく息を吐く。

この人は、私が背中を押してあげれば動ける人なのだ。
大学ではラグビー部に所属していて、体力も精神力もある。押しの強さも営業マンとして買われていた。
だけど、圧倒的にお金の流れを読むセンスがない。
証券マンとして絶対的に必要な力が、欠落していた。

私は龍彦から告白されて、この人を助けてやりたいという気持ちが大きかった。
弟が大学生となり、私に面倒をみる余力があったせいかもしれない。

(私は誰かの世話をするのが好きな性分なのよ)

「俺、三月の異動で人事部にいけるかもしれない。この出世は瞳子のおかげだな。これからも俺が上手くいくように支えてくれよな」

龍彦は感謝しているらしい。
だけど、その視線はスマホに落ちたままだった。

同じ第1営業部にいたころ、私は彼に優良顧客を回した。
大口の案件を扱う第2営業部へ異動できるように、陰から支えてきた。

恋人の喜ぶ顔が見たかったから。

彼が成果を上げて、嬉しそうに笑ってくれれば、それでいいと思っていた。
なのに──。

最近は、その笑顔を見ても、以前ほど心が動かなくなっている。

「恋人というより……ビジネスパートナーですね」

ぽつり。
自分の心の声が漏れたのかと焦った。

私は入口に振り返った。
そこには、あの朝倉くんが立っていた。

「朝倉くん……?」

いつからそこにいたの?

私が固まっていると、すぐに龍彦が反応した。

「なんだよ君はっ。第1営業部の新人だっけ?」

龍彦はスマホをポケットにしまい、鼻根を寄せて不快感を示した。

「立ち聞きとは趣味が悪いな。しかも、受け取り方を間違えているしな」
「そうですか?」

朝倉くんは、体格のいい龍彦を目の前にしても、まったくひるまなかった。
むしろ、いつもの爽やかな笑顔さえ浮かべている。

「一人で問題解決ができないから、有能な瞳子さんを手放さない。恋人という鎖で縛って」

「朝倉くん、その言い方はないわ」

さすがに私の恋人に向かって、そんな言いぐさはないと思った。
だけど──。

「瞳子さんは賢い人だ」

朝倉くんが真っ直ぐ私を見る。

「僕の見解に間違いはないと理解していますよね?」

「…………」

私は言葉に詰まった。
否定したい。

龍彦は私を必要としてくれている。
恋人なのだから、彼を助けるのは当然。

頭の中ではそう考えているのに、なぜか口から出てこない。

「……ノックをしないのは失礼よ」

ようやく出てきた言葉は、それだけだった。
朝倉くんの訴えを否定できなかった。

「おい、君」

龍彦の声が低くなる。

「さっきから、俺の彼女に馴れ馴れしいんだよ」
「彼女……ですか」

朝倉くんの目が細くなった。
その表情を見た瞬間、私は背筋に妙な緊張が走るのを感じた。
いつもの柔らかな笑顔が消えている。

「……そうだよ」

龍彦は私を振り返る。
そして突然、私の肩に手を回して抱き寄せてきた。

「あっ……」

戸惑う私に、龍彦が頭をくっつけてくる。
まるで朝倉くんに見せつけるように。

「俺たちは恋人同士。仕事の話をすることもあるんだよ。ガキは黙っとけ」

「ちょっとっ。ここ、職場だからっ!」

私は急いで龍彦の腕を払って、その側から距離をとった。
心臓が嫌な音を立てている。
朝倉くんが見ている。
それが妙に気になった。

「瞳子、また連絡する」

龍彦は朝倉くんを睨みつけてから、肩で風を切るように部屋から出ていった。
扉がバタンと閉まる。
その瞬間、張りつめていた緊張から一気に解放されて、私はデスクに手をついた。

「……疲れた」

思わず本音が漏れた。

「瞳子さん」

背後から、朝倉くんの声がした。
私はゆっくり振り返る。

「……何?」

朝倉くんは、いつもの笑顔を浮かべていた。
けれど、その瞳だけは笑っていなかった。

「……本当に、あの人が好きなんですか?」

その問いに、私はすぐに答えることができなかった。





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