八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜


まさか、遊園地で遊んでいる間に、引っ越しを済ませていたなんて!
目の前の現実に、私の指から力が抜け、バッグが床に転がった。

「李人くんに、瞳子さんを守ると約束をしました」

彼の手が私の肩にかかる。

「それなら、一日でも早くそばに来るべきだと思ったんです」

そう言って、背後から抱きしめられた。
戸惑いながらも、私は回された腕にそっと指で触れる。
急な訪問は困ると言っておきながら、彼の温もりを知ってしまうと、嬉しいと思っている自分がいることに気づいた。

「使える家具は李人くんのを借ります。引っ越し業者に依頼したのは、身の回りの物ばかりです」
「そうなのね……」

李人がいなくなったばかりの部屋に、朝倉くんが暮らす。
そのことを想像すると、寂しさが少しだけ薄れていくような気がした。

(彼は私を愛している。でも……本当にそれだけ?)

やっぱり、彼の行動には疑問を感じてしまう。
今日突然引っ越してくるほどの行動力には、別の理由があるようにも思えた。

「朝倉くん……何を焦っているの?」

私の言葉に、彼が一瞬だけ呼吸を止めた。
触れ合う背中から、それがはっきりと伝わってくる。

「……何も。ただ僕は、早く瞳子さんと暮らしたかった。あなたの気持ちが変わらないうちに」

私はくるりと半回転させられ、彼と向き合った。
その目には、いつもの余裕のある笑顔とは違う、切実さがあった。

「同居初日、満を持して第二回目の触れ合いに溺れたいところです。が、僕はけじめをつけたいと思っています」

「けじめ?」

「明朝、早起きをしてもらえませんか?」

「何をする気なの?」

朝倉くんが生唾を飲み込んだ。

「瞳子さんに、正式なプロポーズをさせてください」

プロポーズ──その言葉を聞いた瞬間、自然と私の背筋が伸びた。

今までだって、彼から結婚を申し込まれたことはある。
けれど、今回の言葉には、これまでとは違う重みを感じた。

「……それは、朝がいいの?」

「はい。どうしても理想のシチュエーションがありまして」

柔らかな笑顔だった。

「こだわりがあるのね」

彼らしいと思って、小さく微笑んだ。
朝倉くんは仕事でも何でも、事前に準備をして完璧に進めようとする。
そんな彼が、私へのプロポーズにも理想を持っているのだと思うと、少し可愛く感じてしまった。

「明日、仕事なのはわかっていますが、僕のわがままに付き合っていただけたら嬉しいです」

「もちろん、付き合うわ」

「瞳子さん、ありがとうございます!」

いきなり抱きしめられてしまった。
私も彼の背中にそっと腕を回す。
明日の朝、どんなプロポーズをしてくれるのだろう。
そう考えると、胸の奥が少しだけくすぐったくなった。

そして身体を離すと、朝倉くんはとんでもないことを言い出した。

「では、同居記念に一緒にお風呂に入りましょう!」

ひょいっと私の膝下に腕を入れ、簡単に横抱きされてしまう。

「ちょっと待ってっ。そ、それは無理じゃないかしら」
「何が無理なんです?」

きょとんとしている彼の顔を見て、私は確信した。

きっと勘違いをしている。

朝倉くんにとっては、子供の頃の入浴と同じような感覚なのだ。
好意を持つ者同士が風呂場で裸体になれば、冷静を保つのは難しい。
多分、恋愛初心者の彼には、そこまで想像がついていない。

どう説明しようかと、迷ってしまう。

「湯船が一人サイズですか? なら僕が抱きながら入りますから、問題はありません」

任せてくださいとばかりに、浴室へ私を運んでいく。

「ち、違うの! 朝倉くんが想像するより、興奮すると思うのっ」

「僕の上に乗ってもらうだけですよ?」

「それを裸でやるとね……反応しちゃう、かも……」

私もしどろもどろになってしまう。
すると、朝倉くんが真顔になって動きを止めた。

(こういうの、想像するのは難しいかな)

しかし次の瞬間、彼の右の鼻から鮮血が流れ出した。

「朝倉くん、鼻血! ティッシュ!」

朝倉くんも驚いて、やっと私を下ろしてくれた。
手渡したティッシュで鼻を押さえる。

「す、すみません。つい脳内にリアルな映像が浮かんでしまって」

よかった。
朝倉くんにも、知識はあったようで。

「ICTを使った参考資料に、同じような体位があったもので」

思わず、眉が寄る。

「……ど、どういう意味?」

聞くのは怖いけど、確認しておいたほうがいい気がした。

「僕は性交渉が未経験だったので、教材を使って事前に知識と技術の習得をしました。あっもちろん、女優の顔は隠して、瞳子さんと脳内性交を──
「それはどうもありがとう!!!」

彼の言葉を遮るように、大きな声でお礼を伝えた。

(朝倉くん、赤裸々すぎるって!)

でも……純粋で、一途で、誠実な人だ。
完璧な人間にも不得手はある。
私がこの人に畏怖を感じたのは、このギャップのせいだったのかもしれない。
今は、そのギャップが愛おしくさえ感じる。

私は彼を抱きしめた。

「朝倉くんのこと、もっと知りたくなったわ」
「これからゆっくり、僕を知ってください」
「うん。明日の朝が楽しみよ」
「ええ、僕もです。……数年越しの夢ですから」

顔を上げて目を合わせると、自然と二人で笑った。

「今夜は気持ちを整えます」
「うん。また明日の朝に」
「おやすみなさい。僕の瞳子さん」
軽く額にキスをしてくれた。
それだけで、私は頬を綻ばせた。
「おやすみ。朝倉くん」


今日は、それぞれのベッドで休むことにした。








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