八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜



 彼なりの、わたしを思っての進言なのだろう。

 だが、わたしは母上の性格を誰より知り尽くしている。
 だからこそ、邪魔に入られる前に先回りして、愛を手に入れたんだ。
 黒川に振り返る。

「わたしたちの愛は盤石だ。騒ぎ立てるのは無意味だと、母上にお伝えください」

 黒川は無言だった。
 わたしは前に向き直り、出口へと足を進めた。

(私たちは夫婦になる。今さら誰にも邪魔はさせない)

 しかし、黒川の忠告どおり、あの母上がこの結婚を認めていないのなら、大人しくはしていないだろう。

「……念のため、早めに済ませた方がよさそうだな」

 わたしは瞳子さんが待つ職場には戻らず、最寄りの役場へと方向を変えていた。



 役場に寄って職場に戻ると、瞳子さんは不在だった。

「三田さん、瞳子さんはどちらですか?」
「高松支店長に呼ばれたわよ。あなたたちの結婚でも祝ってくれるんじゃないの」

 個人の結婚で支店長から呼び出しがあるものだろうか。
 一抹の不安を覚えた。
 だが、どうすることもできない。
 大人しく瞳子さんが帰ってくるのを待つしかなかった。

「そうだ。水谷さんと三田さんにお願いがあるんです!」
「なに?」

 二人が一斉に顔を上げた。

「ぜひ、お二人の力をお貸しください」

 わたしは準備していたものを鞄から取り出すのだった。



※

《牧野瞳子の視点に戻ります》

 支店長室の重い扉を開くと、そこには高松支店長が重厚な椅子に背を預けていた。
 滅多に踏み入れない部屋に、私は肩を上げて緊張していた。

「失礼します。牧野です」

 一礼して顔を上げると、高松支店長が椅子から立ち上がった。

「牧野くん、仕事中に呼び出してすまなかったね。一緒に対応してもらいたい顧客が来ているんだ」
「承知いたしました。どちらの顧客様でしょうか」
「大口顧客だよ」
「えっ、私に、ですか?」

 思わず、自分を指差した。

「元は本社扱いの顧客なんだが、担当を牧野くんに変えてほしいと申し出てきている」
「……なぜ、私なのでしょうか?」
「理由が不明なんだよ」

 不明──?

 私は眉根を寄せてしまう。

 本社の大口顧客なら、動かす金額は大きい。
 それを地方支社の私に担当させるのだから。

「あの……どのようなお客様でしょうか?」

「全国に高級宿泊施設を展開している、あの鳳凰ホテルグループの方だよ」

「鳳凰グループ……」

 営業先で大量の名刺を配る。
 たまたま顧客の手元に渡ったのだろうか。

(不審がっている場合ではない。大口顧客の担当ができるチャンスなのだから)

「はい。失礼のないよう、ご対応させていただきます」

 私は丁寧に頭を下げた。

「ああ。くれぐれも失礼がないようにな」
「慎重に対応いたします」

 支店長は満足げに頷く。

「先方を待たせている。今すぐ部屋を移ろう」
「あの、高松支店長。顧客のお名前を先に教えていただいてよろしいですか?」
「ああ、そうだった。『朝倉さま』とおっしゃる」

「──朝倉?」

 そう言われて当然、思い浮かんだのは朝倉祐二だった。

「まさか、君の旦那の親族ではないよな?」

 高松支店長が冗談交じりに笑った。
 私は口を開きかけて、閉じた。

 彼からは、『実家はしがない宿泊業』としか説明されていない。

 鳳凰グループの朝倉さまは、大口の数千万円以上を取引する顧客。
 もし朝倉くんの親族ならば、彼は話を割り引いていたことになる。

(だけど、私は何も知らない……)

 私は「違うと思います」としか返すことができなかった。

 高松支店長が先に顧客の待機する部屋へと入る。
 その後に私は続いた。

「失礼いたします。朝倉さま、大変お待たせいたしました」

 支店長と私は、深く頭を下げ、顔を上げた。

 大口顧客を接待する、支店唯一の豪奢な個室。
 素人には理解できない値段の美術品が配置されている。

 その品を眺める中年女性の後ろ姿が、目に飛び込んできた。

 豊かなウェーブヘアを緩めにハーフアップにし、体形にフィットした真っ白なファンシーツイードのオーダーセットアップを身にまとっていた。
 細身で背筋が伸びている姿は、絶対的な自信の表れにも感じられた。
 朝倉さまが、ゆっくりと私たちに振り返る。

 しっかり引かれたアイラインと深紅の口紅が似合う、年齢不詳の美しさ。
 決して化粧には負けない、意志の強さがにじみ出た顔であった。

 大口顧客は潤沢な財産を持っている人たちばかり。
 いまさら、豪華な飾り物には驚かない。

 だけど、この方の強烈な存在感に、私は圧倒されそうだった。

「ここは三流の骨董品ばかり集めているのね」

(ん?)

 私は表情に出さないように、心の中で呟く。
 朝倉さまは、目の前に飾られている流木を指でコツンと叩く。

「この流木骨董は、廃材の足場板でも加工したの?」

 いきなり、壁に飾られている流木の目利きをしてきた。
 私たちは、すぐに反応できずに、背を伸ばして目をぱちくりさせるだけ。

「素晴らしい鑑定力でございます」と褒め上げたいところだが、露悪的なその態度に、私も支店長も愛想笑いしかできなかった。

「自分たちでもわからないものを、飾っているのね。それでは骨董もゴミと一緒よ」

 鋭い眼差しを向けられた。
 私は睨まれたカエルのように、微動だにできない。


 初対面でこれ?
 なんて、強烈な人!






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