八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜



(ここで引いてはダメよ。これから担当になるんだから)

 私は手をぎゅっと握り、気合を入れ直した。

「初めまして。わたくしは牧野瞳子と申します」

 私が名刺を渡そうとすると、女性のすぐ近くに控えていた燕尾服姿の白髪の男性が反応した。

「初めまして。こちらは鳳凰グループの朝倉と申します」

 丁寧に頭を下げて名刺を渡される。
 そこに書かれていた名前を見て、私は一瞬、息を止めた。

『朝倉 美麗』

「黒川、席に着きましょう」
 てっきり夫だと思っていた燕尾服の男性は、朝倉さまの付き人だった。

 支店長と私も一礼してから、向かいのソファに腰を下ろす。

「突然の訪問、お許しくださいね。どうしても看過できないことが起こりましたもので」

 朝倉さまは足を組み、優雅な仕草でそう言った。

「運用に関して、何か不手際がございましたでしょうか?」

 高松支店長が手を揉みながら尋ねる。

「こちらの一菱証券にお世話になって、数十年が経ちますわね。今までは信頼して運用を任せてきましたけど、最近、その信用を落とす出来事がありましてね。今後の財産運用を見直すか、検討中なんですのよ」

 さすがセレブといった、ゆっくりと丁寧な口調。
 けれど、言い終えた直後、なぜか私へ鋭い視線を向けてきた。

「さようでございましたか……。本社での運用状況を振り返りましても、これといった懸念材料は見受けられないのですが……」

 支店長の口調は歯切れが悪い。

 すると、朝倉さまの顔から一瞬で表情が消えた。

「そうかしら? うちの財産を狙う卑しい人物が、うろついているようですけど」

 再び、朝倉さまが私を見下ろすように見てきた。

「はあ……その人物というのは、どちらの者のことでしょうか?」

 支店長が問いかける。

 しかし彼女は支店長には答えず、私に視線を向けた。

「牧野瞳子さん、あなたは心当たりがあるわね?」

「ま、牧野くんっ⁈」

 支店長の肩が揺れる。

 私も朝倉さまから視線を逸らさなかった。

(……やはりそうだ。朝倉美麗は、朝倉祐二の──母親だ)

 朝倉くんと結婚を決めた。
 その直後に会いに来た「朝倉」という姓の人物なら、そう考えるのが自然だろう。

(彼は……資産家のご子息なんだ)

 彼を見ていれば、真実を知っても驚きはない。

 けれど、許せないのは、私が彼の財産を狙っていると疑われていることだ。

「朝倉さま、大変申し訳ございませんが、私にはまったく心当たりがございません」

 後ろめたいことなど皆無の私は、堂々と答えた。

「ふっふふふ。これは図太い神経の持ち主だこと。あの子を丸め込んだのも納得だわ」

 朝倉さまが不敵な笑みを浮かべる。

「牧野くんっ。本当に心当たりはないのかね?」

 私と朝倉さまの間に流れた不穏な空気を感じ取り、支店長が焦りだす。

 すると、朝倉さまが威圧感のある低い声で、とんでもないお願いをしてきた。

「支店長、お茶がぬるいわ。熱い玉露に入れ替えていただけます?」
「は、はい。牧野くん、お茶を──」
「私は支店長に頼んでいるのです!」
「わ、わかりました。す、すぐに入れ直します」

 高松支店長が慌てて立ち上がる。
 その際、私に「失礼はないようにね」と視線を送ってきた。
 私は軽く頷いた。

 朝倉さまは、息子の結婚に無関係な高松支店長を、半ば強引に部屋から追い出したのだ。

(なんて強引な人)

 パタン──。

 戸が閉まると、室内に静寂が流れた。
 私は、本来の業務である資産運用の説明は不要だろうと判断した。

 朝倉さまが来店した本当の目的は、「私の排除」だ。

 顔をしっかりと上げ、はっきりとした言葉で言った。

「祐二さんと別れないと、契約を打ち切る、というご相談でしょうか?」

 私の怯まない態度を見た朝倉さまの眉が、一瞬、跳ねる。

「頭は悪くないのね。その通りよ。あの子と結婚の約束までして有頂天かもしれないけど、それは無理よ」

「なぜですか?」

「貧乏人が由緒正しい家柄に入るのは、混乱の元なのよ。同じ環境と価値観を有した者同士でないと、必ず揉めるわ。つまり、あなたは朝倉家にとって元凶ね」

 元凶?
 なんて人を傷つける言葉を選ぶのだろう。
 それも、意識的にやっているから余計に厄介だ。

「私は貧乏人ではありません。教育も受けましたし、自宅もあります。仕事もして、十分満たされた生活をしています」

「あたなの世界ではね。でも、あの子は別世界の子なの。住む世界が違うと、気になる綻びがいつか大きな溝になって、大惨事につながるのよ」

 私を小馬鹿にするように、小さく笑った。

「そうなんですね。覚えておきます」

 煽りには絶対に乗らない。そのつもりで、私は淡々と接した。

 嫌味が響かない私を見た朝倉さまが、眉を上げる。

「なんて図太い子。やはり、現物でないと動かないのね。黒川っ!」

 呆れた声で執事の黒川さんに指示を出した。

 黒川さんはアタッシュケースから革製のバインダーを取り出す。
 そこには、お札くらいの大きさの用紙が挟まれていた。

 それを私の目の前に差し出す。

「手切れ金よ。少ないなら上乗せするから言いなさい」

 額面には、『一千万』の金額が記載されていた。







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