八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜
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「牧野さんとランチするの久しぶり~。ここの明太子クリームスパ、大好きなんですよ」
ランチタイム。
今日は三田さんと二人で、路地裏にある小さなイタリアンにやってきた。昼休みになると近くの会社員で賑わう店だけど、少し奥まった場所にあるせいか、店内には落ち着いた空気が流れている。
二人でランチセットを目の前に、ようやく空腹を満たす。
三田さんは上品な子だ。フォークで器用にパスタを巻きつける仕草も、どこか優雅で、私とは違うなと思う。
「私たちは外回りが多いから、ランチタイムに会えないものね」
マルゲリータピザセットの私は、蕩けるチーズを逃さないように生地で谷を作り、慎重に口へ運んだ。
「違いますよ。朝倉くんがすぐ牧野さんをランチに誘うから、私が声をかけられないんです。今日は朝倉くんが営業周りだから、牧野さんを誘えました」
「……気を遣わないで声をかけてね。三田さんは朝倉くんと歳が近いし、話も合うでしょう?」
「朝倉くんとは仲いい風にしてますけど、休憩時間まで一緒にいたくないです」
「どうして?」
思わず訊き返した。
職場内では指折りに入るほど雰囲気のいいチームだと思っていたので、三田さんの発言は意外だった。
三田さんは、冗談を言っている様子もなく、真顔でこう言った。
「朝倉くんって、少し不気味ですよね」
わからなくもない。
とは言えず、私は表情を変えないまま、三田さんに続きを促した。
「どういう意味?」
三田さんは口をもぐもぐさせてから、フォークを皿の横に置いた。そしてミルクティーを一口飲む。
「牧野さんは、朝倉くんと同期の野々宮綾香っていう子、知ってます?」
「名前だけなら。広報部にものすごく可愛い子が入社したって聞いたわ」
社内の子の話だからか、三田さんは声のトーンを落とした。そして少しだけ前かがみになる。
私も自然と身を寄せて、話を聞いた。
「野々宮さんは大学のミスコンで優勝するような、スタイルも顔面偏差値も高い子なんです。ずっと朝倉くんを狙っていたんですけど……」
三田さんがちらりと私を見る。
「瞳子さんしか見えていない朝倉くんは、完全無視でした」
「……そうなの?」
「その鉄壁ぶり、傍から見ていて違和感を感じるくらいでしたよ。野々宮さんも軽いから、今度は二課の雨森さんを狙っているみたいですけど」
『雨森』と言われて、私の手が止まってしまう。
私と龍彦の関係は公にしていない。
冷やかしは避けたいという龍彦の希望で、社内には内密に交際しているのだ。
恋人がモテることは仕方ない。
そう思っているのに、『年下の美人』という言葉だけが妙に引っかかった。
私は動揺を隠して、ピザを一切れ取った。
「朝倉くんは……本当に不思議よね。なぜ私なのかしらね」
普通スペックの私にロックオンしている朝倉くんは、本当にどうかしている。
当人の私が、こんなに困惑するのだから。
「瞳子さんは綺麗だし、面倒見はいいし、年下の男性にモテるのは理解できますよ」
三田さんはそう言ってから、少し眉を寄せた。
「ただ、一切の脇目をふらずに、誰の侵入も許さないっていう朝倉くんの執着が、怖いなって」
「ストーカー的なにおいを感じるとか?」
私は冗談めかして言った。
けれど、自分でもわかる。
『まさか』という楽観と、『もしかして』という不安が入り混じって、表情がうまく作れない。
「見えないこともないです。朝倉くんの牧野さんへの執着は異常です」
三田さんは食事を再開することなく、真剣な顔で私を見つめた。
「二人の間には、本当に何もないんですか?」
周囲から見ても、朝倉くんの態度には違和感が満載だった。
その事実を改めて知らされ、私は窓の外へ目をやった。
三田さんは、朝倉くんを奇異な目で見ている。
だったら、少しでも見方が変わればいい。
私は、朝倉くんとの出会いを話すことにした。
「実はね、朝倉くんが大学二年生の頃に、口座を開設しに来たの。その時に担当になったのが私だったのよ」
「えー。そうだったんですか? 二人は顔見知りだったんですね!」
三田さんが目を丸くする。
私も隠していたわけではない。ただ、伝える機会がなかっただけだ。
「顧客と担当という関係でいた時は……ここまで不自然なこともなかった。でも四月に朝倉くんが入社してきた時は驚いたわ。本人から何も聞かされていなかったからね」
「大学生の頃に牧野さんに恋をして、追いかけてきたんですね!」
三田さんは、ようやく納得したように頷いた。
「ただの一途な男だったんですね」
そう言って、再びフォークを手に取る。
「あのくらいの歳だと、年上の女性は頼りがいがあって好意を持つのかもね。それを恋愛だと勘違いしている。そうでなければ、私を好きになる理由がないもの」
私の見解は、あながち間違ってはいないだろう。
この類の話は、世の中ではごまんとある。
「だから牧野さんも、真剣に突き放そうとしないんですね?」
「彼の成績なら、すぐに栄転確実よ。異動して物理的に離れたら、彼の私への興味もなくなる。そのままフェードアウトを待つつもりよ」
それで話は終わり。
そう言うように、私は最後のピザを口に放った。
けれど胸の奥には、ほんの少しだけ引っかかるものが残っていた。
──本当に、異動したら朝倉くんは私を忘れるのだろうか。
自分でも、なぜそんなことを考えたのかわからない。
私はその疑問を、ピザと一緒に飲み込むように、ミルクティーへ手を伸ばした。