八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜



「確かに、本社が手ぐすね引いて待ってますよね。あんな人材、そうはいません」
「……そうね」

ことん、と静かにグラスを置いた。
朝倉くんの異常なまでの成績を考えれば、三田さんの言う通りだった。

「朝倉くん、新人で新規口座開設百人を二か月で達成しちゃうし、その後もどんどん増えて、今は三百を超える勢いですし」
「そんなに……」

改めて数字を聞くと、ため息が出る。

私が新人だった頃には、とても考えられない数字だ。営業に出て、何度も頭を下げて、それでもなかなか話を聞いてもらえなかった。
それなのに朝倉くんは、まるで人の心を読むように顧客の懐へ入り込んでいく。

全てつながり、すっきりした三田さんの顔が晴れ晴れとしていた。

「朝倉くんの才能は、羨ましい限りだわ」

私はため息をついて、デザートのプリンに手を伸ばした。

(私も彼くらいの才能があれば、夏の賞与で弟の教育ローンを一括返済できるのにな)

そのことを考えると、自然と胸の奥が重くなる。
私だって、もっと稼げればいい。
もっと成績を上げて、もっと評価されて、弟のために使えるお金を増やしたい。

けれど、現実はそう簡単ではない。

「牧野さん、違うんです」
「え?」

三田さんが人差し指を立てて、ノンノンと否定する。

「朝倉くん、才能だけでのし上がったわけでもないんです」
「どういうこと?」
「意外にも、朝倉くんは努力の男です。ほら、彼のフェイスブルックスを見てください。彼、大学生時代の日々をここに残しているんです」
「大学生時代?」

私はプリンをすくっていた手を止めた。
三田さんがランチ専用のショルダーポーチからスマホを取り出し、タッタッタと慣れた指で操作する。
そして、私の目の前に画面を見せてきた。

そこには、私が普段職場で見ている朝倉くんとは少し違う姿が写っていた。
ナチュラルな髪型に、体形に合ったシンプルな私服。
仕事中の隙のない笑顔ではなく、気を抜いたような自然な笑顔。

「……へえ」

思わず、じっと見てしまった。
いつものスーツ姿とは違うせいか、少しだけ年相応に見える。

「海外に留学して、経済以外にも芸術面で造詣を深めているみたいです。新鋭のアートデザイナーに会いに行ったり、とても活動的なんですよ」

三田さんが画面をスクロールしていく。

「世界の経済の流れを学ぶのと並行して、他の分野の人脈も広げていったんです。彼が顧客のニーズを的確に把握して成果を上げるのも、こうやって腕と目を磨いていったからですよね」

写真には、海外の建物や景色が次々と映し出されていく。
朝倉くんと一緒に写っている人たちも多国籍で、みんな自信に満ちあふれ、余裕を感じさせる表情をしていた。
どの写真にも短いコメントが添えられている。

「新進気鋭のアンティークハンティング」
「SDGsチャリティーパーティー」
「青年メイクドリーム財団創立記念」

一般人にはなじみのない名称ばかりだ。

「すごい……」

口から出たのは、それだけだった。
これだけの経験をしてきたからこそ、今の朝倉くんがいる。
私は、彼が最初から何でもできる人間なのだと思っていた。

けれど違った。

見えないところで、努力を積み重ねていたのだ。

「朝倉くん、本当にすごいのね」
「でしょう?」

三田さんが得意そうに胸を張る。

「だから、本社も絶対に手放さないと思います」
「そうよね……」

私も頷いた。
朝倉くんほどの人材なら、もっと大きな舞台で活躍する方が自然だ。
静丘支店の、それも私のチームにいることの方が不思議なのだから。

「でも、牧野さん。もっとすごいことがあります」
「まだあるの?」

三田さんは意味ありげに笑った。

「朝倉くんは本来、本社扱いになる人物なんです。でも、自ら静丘支店配属を希望して、しかも牧野さん配下を指名したらしいですよ」
「そ、そうなのっ⁈」

驚いて、カタンと椅子が音を立てて揺れた。

「なんで私なんかを⁈」

彼に所望される理由など、何一つ思い浮かばない。
私が特別な能力を持っているわけでもない。
仕事だって、彼の方がずっとできる。

(嬉しくないわけじゃない。けど……)

自分のために、わざわざ配属先まで選んだ。
そう考えると、胸の奥が妙にざわついた。
ほんのり赤面する私を見て、三田さんの眉がピクンと跳ね上がった。

「牧野さん、愛されまくって羨ましいです。私、今彼とうまくいってなくって……」

三田さんが急に口を尖らせた。

(ああ……三田さんもクールに見えて、やっぱり恋愛の悩みがあるのね)

「話なら聞くわよ?」

いい先輩風に声をかけたけど、私も三田さんと同様、今彼と微妙な関係だったことを思い出す。
私は頼りにはならないかと、目を泳がせた。

しかし突然、三田さんが机をバンッと叩いた。

「牧野さんっ!」
「は、はい⁈」

「一体どうやって、朝倉くんをトリコにしたんですか?」

「ト、トリコ⁈ さ、さぁ……私、真面目に仕事をしていただけなのよ……」

はあーと息を吐いて、三田さんが頭を振る。

「もー、牧野さんの恋愛って、全く参考にならないですよー」
「ご、ごめん……」

三田さんがぷりぷり怒りながら、ミルクティーを一気に吸い上げている。
私は小さくなりながら、スイーツを頬張るしかなかった。

もぐもぐしながら、ふっと窓の外を見る。

冬の澄んだ空に、富士山が綺麗に見えていた。

(いい天気。富士山が綺麗に見える)

それだけで、私の心は少し晴れやかになる。

(朝倉くんをトリコにした理由……)

私はぼんやりと考えた。

(私が彼に訊ねたいくらい)

弟の李人を守るためだけに生きてきた私の中身は、空っぽだ。
自分の幸せだって、後回しにしてきた。

そんな私のどこに惚れたというのだろう。

朝倉くんのまっすぐな視線を思い出す。
胸の奥が、ほんの少しだけ落ち着かなくなった。








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