八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜




「黒川。母はいつになったら来るんだ?」

しびれを切らした朝倉くんが眉根を寄せる。
彼の後方に控えていた黒川さんが答えた。

「先ほどお目覚めになったばかりでして……。そろそろ身支度が整うかと」

黒川さんが身を低くしてそう言った。

その時、奥の背の高い扉が開いた。
私たちの視線がそこに集まる。
そこから入ってきた美麗さんの姿に、一同が度肝を抜かれた。

だって、腰まであるウェーブヘアは右にサイドにまとめただけ。
寝巻と思われる薄手のナイトガウンで登場したからだ。

彼女の代名詞と思われた強烈なアイラインや口紅はなく、素顔だった。
身支度するつもりなど一ミリもないのが、手に取るようにわかった。

美麗さんがヒールアップサンダルを鳴らしながら、私たちの前までやってきた。
その不遜な様相に、黒川さんが白髪を逆立てて慌てた。

「み、美麗さま! なんという格好ですかっ!」

「ついさっき、貴浩の声が聞こえたけど?」

「自宅に帰りましたよ。母上、兄夫婦を追い出して満足ですか?」

見たことのない、鋭く冷たい視線。
五年ぶりの対面なのに、朝倉くんの好戦的な言葉に私は焦った。

「朝倉くんっ」

冷静になるよう、私は彼の腕を取った。

だけど、美麗さんには息子の言葉など響いてはいない。

「二田(にた)、コーヒー」

美麗さんは用件だけを家政婦に命令した。
家政婦は「かしこまりました」とロボットのように返事をして、キッチンに消えていった。

美麗さんに従うには、己の心をしまい込む。

(なるほど。家が冷たく感じるはずだ)

小さく息を吐き、納得してしまう。

美麗さんは余裕の表情でソファーに腰を掛けた。

「貴浩は私に似て繊細なのよ。ちょっとしたストレスで身体が参ってしまう。でも、グループを仕切るトップなら強くないとね」

本音なのか強がりなのか、美麗さんの本当の姿はとても見えにくい。
そんな言葉で返せば、朝倉くんの怒りを買うことはわかっているはずなのに。

気がつけば、朝倉くんの手は強く握られていた。

「自分以外の人間も強いと思わないでくださいっ! 母上が出しゃばり続けたから、兄夫婦も我慢ならず離れたのですよっ⁈」

「ふふっ。経営者は強くないとだめなのよ。祐二は五年も実家を見捨てた強者。そんなクレージーな神経の持ち主のほうがトップに合うわね。どうせ貴浩から次期社長の打診があったんでしょう?」

美麗さんはうっすら笑いながら、家政婦が運んできたコーヒーカップに手を伸ばした。

「今日は結婚の報告をしに来ただけです」

朝倉くんがはっきりそう伝えた。

ここで、美麗さんがコーヒーカップから口を離し、初めて私の顔を見た。
睨むような視線だった。

「貧乏人がなぜ、この家にいるの?」

(うわっ、やはり美麗さんは強烈だ)

初対面の時と同じく、私が傷つく言葉を選んでいる。

「瞳子さんに失礼です! 謝ってください!」

我慢ならない朝倉くんが、美麗さんに詰め寄りそうになる。
私はなんとか彼の腕を取り押さえた。

「朝倉くん、大丈夫だから。私に挨拶をさせてほしいの」

私は冷静にそう彼にお願いした。
彼は息を整えるように、大きく息を一つ吐いた。
そして、再びソファーに腰を掛けてくれた。

私は美麗さんに向き直った。

「先日は支社まで足をお運びいただき、ありがとうございました。本日は祐二さんとの結婚の報告をしにまいりました。挨拶が遅れ、ご心配をおかけしたこと、大変申し訳ありませんでした」

丁寧に頭を下げた。
私なりに誠意をもって、結婚の挨拶をした。

だが、美麗さんは腕を組み、鋭い眼光で私を見ていた。

「開き直って何様のつもり?」

「え?」

「よく躊躇なく足を踏み入れたわね。さっさと帰りなさい。話をする価値はないもの」

美麗さんの言葉は、まっすぐに私の胸に突き刺さる。
だけど、今回はそこまで痛まない。
むしろ違和感を覚えて、口を引き結んだ。

私との結婚を反対するなら、もっと手段はあるはずだ。
なぜ、わざわざ私たちの神経を逆なでするような態度を選ぶのだろう。
嫌われてしまうだけなのに。

まさにそこに、彼女の闇が関係しているのかもしれない。

「母上! いい加減にしてください! 態度を改めないなら、私たちはもう二度と、ここへは足を運びません!」

朝倉くんが勢いよく立ち上がり、美麗さんへの本気の怒りを爆発させてしまう。
反射的に私は美麗さんに振り返った。

怯むどころか、彼女は朝倉くんから一切目を逸らさない。
私の目には、美麗さんがこの状況を嬉しがっているように見えてしまった。

「ふふふ。祐二も男らしくなったわね」

慈しんでいるのか、軽んじているのか、判別できない表情。

「揶揄わないでください。まともな話が出ないなら、もう二度と、ここへは帰りません」

朝倉くんの低い声が部屋に響く。
私は息を飲む。

「それは無理よ。祐二は必ず、ここへ戻ってくる」

怯まない、はっきりとした声。
それに朝倉くんが煽られるように、声が大きくなる。

「だから、もうここへは、戻る気はありません!」

彼の肩が小さく上下する。
それを美麗さんがじっと見つめる。

「忘れたの? 私が祐二に、解けない魔法をかけていること」

「……っ」

朝倉くんの開きかけた口が、ゆっくりと閉じる。

そして、なぜか彼の顔色が、一瞬で蒼白に変わった。





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