八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜




エレベーターで地下へと下りた。

扉が開くと、いきなり地下の部屋が目に飛び込んできた。
エレベーターから直接つながるその部屋は、一階の半分ほどの広さだった。

ショーケースが所狭しと並び、壁にも骨董品がたくさん掛けられている。

「ここは私の父、鳳栄一郎のコレクションが収蔵されているの。ホテルにも飾れないような価値ある骨董品ばかり。金銭価値を知ったら、あなたは喉から手が出るかもね」

美麗さんは私に嫌味を言って、くすりと笑った。

私は何も言い返さなかった。
なぜか、美麗さんに怒りを感じないのだ。

しかし、リアクションの薄い私が気に入らないのか、美麗さんはまた、あの鋭い目で私を睨みつけた。

「ここにある物は、世界的に需要があり、価値が高いものだけを集めているの。価値がわからない人間は、この家に入るべきではないのよ」

美麗さんは部屋の中央へと進み、壁から飛び出すトナカイの首の前で立ち止まった。

「この価値が、あなたに理解できて?」

上半身だけ私に振り向き、不敵に笑ってくる。

私はトナカイに目を向けた。

「私には不気味に見えます。価値があるようには思えません」

私のそっけない返答に、美麗さんの額に青筋が立った。

「牧野瞳子っ! 無知とはいえ、少しは抗う努力をすべきでしょう?」

美麗さんはそう言うけれど、私はそもそも争う気などない。
素のままの自分で、答えているだけだ。
まっすぐ彼女を見た。

「これが素直な感想です。一体、この剥製にどんな価値があるのですか?」

私には、首から上だけの動物の剥製に価値を見いだせない。

呆れた美麗さんが、見下すように私を見てきた。
そして、ぷいっと剥製に顔を戻した。

「これは百年以上も前の欧州貴族によるトロフィーハンティング。立派な角を持ち、美しい毛皮を持つ動物を狩猟した証として残したの。だけど、世界的にトロフィーハンティングへの制限も出てきて、この価値は上がり続けているわ」

美麗さんは目を細め、剥製を恍惚の表情で見つめている。

正直、私にはその表情でうっとりする気持ちが理解できない。

「見る人によっては、価値があるのですね。私は夜中に目が合ったら怖いので、お金を積まれても受け取りません」

あまりにも正直な感想を言うものだから、美麗さんも呆れ顔になった。

私は美麗さんにおべっかを使う気はない。
本当の自分の姿で接したほうが、美麗さんも素を出してくれると思ったからだ。

「さすが貧乏人。清々しいくらい迎合しないのね! これを相続したら売り飛ばす気ね。だから、あなたをこの家に招き入れることができないのよ!」

私と美麗さんの視線がぶつかり合った。

朝倉くんは、どう取りなすべきか落ち着かない様子だった。

「瞳子さんっ、もうやめましょう。この人の説得は無駄骨です!」

朝倉くんの声に美麗さんが振り返る。
そして、ゆっくりと彼に近づいた。

「祐二。朝倉の名から逃げることはできない。あなたはこの家を継ぐ運命なのだから。十五歳の時、私はあなたの役割について教えたはずよ」

黒川さんの眉がピクリと反応した。

「十五歳……? 祐二さまが引きこもった頃ですね……」

それを聞いて、思い出した。

朝倉くんは思春期に引きこもったことがある。

私は、おそるおそる訊ねた。

「美麗さん……一体、何を言ったのですか?」

美麗さんに私の声は届かない。
ただ、朝倉くんだけを見ていた。

それに気づいた朝倉くんが、魔法にかかったように動かなくなる。

美麗さんが、そんな朝倉くんの顔を覗き込んだ。

「祐二が兄を越えようと出しゃばった、あの日。私はあなたの名の由来を教えた」

蛇に睨まれた蛙のように、朝倉くんは動かない。


「朝倉を祐(たす)ける二(・)番目の子。それが、祐二(・・)。父親の失態の責任をとる二番目の男なのよ、祐二は」


父親の失態の責任を取る役目―――?

それを彼に背負わせたというの?

母親が息子の名前に、そんな呪いをかけるだなんてっ!!

にわかには信じられない悪行に、私は口元を手で覆った。
黒川さんは背中を小さく丸め、嘆いた。

「なぜ、そのような仕打ちを祐二さまに……」

「少し自由を与えたら、自分の立場を忘れ、『愛』なんて不確かなものに縋って情けない。祐二、自分の務めを果たしに朝倉に戻ってくるのです」

美麗さんが、新たな魔法をかけようとしている。

「……嫌……です……」

朝倉くんに勢いはない。
細々とした声で答えるだけだった。

そこに、美麗さんが笑顔で言い聞かせるように告げた。

「祐二はこの家の、スペア(・・・)。
自由なんてないのよ」

スペア──

それを聞いた瞬間、朝倉くんが眉を寄せ、目を閉じた。

朝倉くんが傷ついた。

私の大事な人が、美麗さんの言葉に押しつぶされそうになっている。

そんなこと、絶対に許さない!!

そう思った瞬間、私の身体が意志とは関係なく動いていた。
私は美麗さんに向かって、一歩踏み出した。


パチンッ──


部屋に鋭く乾いた音が響いた。
私は、美麗さんの頬を思いっきり平手打ちしていた。








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