お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
「……今日は、ここまでにしてください」
 声は静かで、感情を抑え込んだ響きだった。
「これ以上は、今は無理です。少し、考える時間が欲しいので」
 城高山先生は黙って聞いている。
 言い返そうとする気配はなかった。

「ただ、料理は全ていただきたいのでお時間をください」
「ははっ、そうだな。料理に罪はないから、完食しよう」
 城高山先生の言う通りで、料理に罪はない。私は食べ物を極力残したくないので、居心地が悪くても食べる。
 少し冷めてしまったけれど、美味しい。

「失礼な話をしたあとだから信じてもらえないかもしれないけど……、俺は勝浦さんに興味がある。本当言うと、顔も好みだし、自分の気持ちを曲げない性格も好きだなぁ……。どうして、今まで気付かなったんだろうか?」
「……」

 食べようとした口も開いたフォークで刺した一欠片のハンバーグが皿の上に落ちた。
「仕事優先にしていたから恋愛なんてそっちのけだった。もっと早くに勝浦さんに会いたかったなぁ。今からでも遅くないか……」
「……!」
「独り言だけどね……」
 城高山先生は淡々と話し、もぐもぐと料理を食べていく。

 な、何も言い出しているの、この人は?
 冗談にもほどがある。

 その後、城高山先生も自分も食べ終わり、食後の紅茶も飲み干したので、私は立ち上がってバッグを持つ。

「帰りましょう」
 その一言は短かったが、会話を終わらせるには十分だった。城高山先生が会計を済ませてくれて、店の外に出た。

「自宅まで送る」
 外に出てすぐの彼の一言に、私は一瞬だけ迷う。
 断る理由はいくらでも思いついた。
 けれど、夜も遅く、ここから一人で帰るのも現実的ではない。
「……お願いします」
 必要最低限の言葉だけを返す。
 駐車場までの道のりは、ひどく長く感じられた。
 並んで歩いていても、二人の間には見えない壁がある。

 車に乗り込み、エンジンがかかる。
 ラジオも音楽もつけられないまま、重い沈黙が車内を満たした。
 私は窓の外を見つめ、城高山先生は前だけを見てハンドルを握る。
 言葉を探しているのに、口にする勇気がなかった。
 この沈黙が、今の二人の距離。最初から分かっている。
 私はそう思いながら、静かにシートに身を預けた。
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