お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
 お見合い……破談?

 院長は苛立ちを露わにしたまま、荒々しい足取りで去っていく。いつもはにこやかで優しく挨拶してくれる院長なので、こんな一面もあるのかと正直驚いた。足音が遠ざかるのを確認し、私は小さく息を吐いた。

 今のは絶対に聞いちゃいけない話だったよね?
 そう思い今すぐ立ち去ろうとした、その瞬間。

「……そこにいるのは分かっている」
 鋭い声が背後から突き刺さった。
 びくり、と肩が跳ねる。振り返るよりも早く、視界を影が塞ぐ。
 城高山先生がすぐそこに立っていた。

 冷ややかな視線に射抜かれ、思わず後ずさる。だが背中が壁に当たり、それ以上逃げ場はなかった。
「……っ!」
 私は後頭部を軽く壁にぶつけてしまい、思わず声が出てしまう。

 城高山先生は距離を詰め、壁に左手をつく。逃げ道を完全に塞ぐ形だった。
 壁ドンなんてシチュエーション的には美味しいだろうけれど、追い詰められている場合は別だ。

「盗み聞きとは、随分と悪趣味だな」
「ち、違います……っ」
 声が震え、喉がひくりと鳴る。

「隠れるつもりはなくて。ただ、咄嗟に……」
 城高山先生は表情を変えないまま、じっと見下ろしてくる。その視線の圧に、私は自然と俯いてしまった。

「……今の話を聞いていたのか?」
 どう答えたらいいのか。
 偶然とはいえ、聞いていないと否定すれば嘘になる。けれど正直に言えば怒られる気がして、胸が締めつけられる。

「……す、すみません」
 絞り出すように言うと声が掠れ、城高山先生の眉がわずかに動いた。
「謝る前に答えてくれないか」
 視線がさらに鋭くなる。いつもとは違う、城高山先生の冷たそうな一面に身体が強張ってしまう。
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