お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
「やはり……聞いていたのか?」
 逃げ場のない問いに、私はぎゅっと拳を握りしめた。
 低く抑えた声で問い詰められ、私は思わず肩をすくめた。廊下の隅に立ったまま、逃げ場を探すように視線を泳がせる。

「少しだけ……」
 正直に答えると、城高山先生は何も言わず、さらに一歩踏み出してきた。ふと頭上を見上げると、すぐそこに城高山先生の綺麗な顔が見える。
 距離が詰まった瞬間、空気が変わった。
 何故か、頭の先からつま先まで確認するかのような視線を感じて、私は背筋がひやりとした。

「お前、なかなか悪くないな」
「え?」
 どういう意味なんだろう?
 私の顔や身体を見られた気もするけれど、一体どういう意図があるんだろう?
 思いがけない言葉に、何と返していいか分からず黙り込む。次の瞬間、畳みかけるように問いが投げられた。

「仕事が終わったら、このあとの時間は空いてるか?」
 唐突すぎる誘いに、私は一瞬言葉を失った。これはどういう意味なのだろう。
 冗談なのか、それとも――。

「はい、予定は何もありませんけども……?」
 戸惑いを隠せないままそう答えると、城高山先生は満足そうに小さく頷いた。
「それなら、十八時過ぎに駐車場に来てくれ」
 それだけ言い残し、城高山先生は去っていく。取り残された私は、その背中を見送りながら胸の内で溜め息をついた。

 きっと、口封じを頼まれるだけだよね……。

「分かりました。あの……! 片山さんがいらっしゃって、城高山先生にお会いしたいそうです。そのことを伝えるために先生を探していました」
「……そうか、今から行く。片山さんはどこで待っている?」
「受付前です」
 何事もなかったかのように、城高山先生は急ぎ足で受付前に向かう。その後ろを私も着いて行き、元患者の片山さんの元へ城高山先生を無事に案内できた。

 これで私が自ら盗み聞きをしに行った訳じゃないということが分かり、誤解は解けるだろう。
 この場は大事に至ることなく、どうにか丸く収まったのだった。
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