お試し婚のはずが、いつの間にか溺愛されています!~二度も婚約破棄された外科医は受付事務員に愛を捧ぐ~
「待って! 帰らないで!」
 背後から切羽詰まった声が響く。振り向く間もなく、追いついてきた城高山先生が視界に差し込んだ。
「……はぁっ、間に合った。とりあえず、俺の車に乗ってくれないか?」
 次の瞬間、彼は当然のように私の腕を引き、助手席のドアを開ける。

「乗って、今すぐ」
 有無を言わせない声音に抗う間もなく、私は白くてボディがピカピカに磨かれている車に押し込まれドアが閉まる。
 国産の高級車のエンジン音が静かな駐車場に響き、私は呆然としてしまう。隣に座る城高山先生の横顔をチラリと見る。

「一時間以上も待たせてごめんな。帰ろうとしたら急変した患者がいて、処置を手伝っていたら遅くなってしまった」
「そうだったんですね……!」
「何とか病状も落ち着いたから、あとは任せてきた」
 淡々とした説明に、ようやく胸のつかえが下りる。
 約束を破られたと勝手な思い込みをしたと気づいて、私は小さく息を吐いた。

 城高山先生は急な処置に呼ばれ、なかなか戻れなかったらしい。疑ってしまい、心の中で謝る。
 心臓外科医のエースだもの。私とは違って、急な仕事も舞い込むよね……。
 そう理解しても、助手席に座らされている現実は変わらない。

 車内は良い香りがする。金木犀……?
 シートに深く身を沈めたまま、私は緊張で固まっていた。
 高級車に乗るのも、皮のシートも初めてだし、そわそわしてしまう。
 エンジン音と、車内に満ちる彼の気配が、やけに近い。
 父親以外の男性の車の助手席に乗るのも初めてで、心臓が落ち着く気配を見せない。鼓動が早鐘のように打ち、指先まで熱を帯びてくる。
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