捨てられた悪役はきっと幸せになる
2 お祭りデート
星河祭は終わった後だが、まだ屋台がいくつか残り人々はお祭りの気分を満喫していた。
だいたい1週間は続くとのことだ。
「面白い仕掛けだな」
屋台の売り物のひとつをとりクリスはつぶやいた。
球体の置物で、中の灯りを灯せば星空を再現してくれる。
「部屋の中でも天体観測の気分を味わえて、星の見方を覚えるのにちょうどよいですよ」
屋台の主の説明を聞いて、クリスはヴィヴィアの方をみた。
ヴィヴィアはまだ機嫌が治っていないようで表情がかたかった。
「ヴィヴィア、星を見るのは好きじゃないのですか?」
「さぁて、夜遅くまで星を眺めたことがないのでわかりません」
ヴィヴィアが不機嫌なのは、先ほどの喫茶店の出来事だ。
サービスの桃のデザート、季節限定の桃のタルトでお腹いっぱいになりそれでも他のケーキが美味しそうで食べきれないことを口惜しく思っていた。
クリスが残りを食べていると、彼は笑って言った。
「そんなに落ち込まないでください。明日、ケーキを館に届けてもらいますから」
「お持ち帰り厳禁なのではないのですか?」
確か、お店の注意書きにあった。
「私の館なら問題ありません。ここは私の店ですから」
その言葉にヴィヴィアは首を傾げた。
どうやら人気店、レディーアンジェはクリス・ゴーヴァンが経営している店だったようだ。
そりゃ、スカイバルコニーの席を貸し切りにできるはずである。
教えてくれなかったことにヴィヴィアが怒っている訳ではない。
腹立たしいのはどのケーキにも魅了されて残したくないが残さざるを得ない口惜しい表情をしていたヴィヴィアをクリスが楽しんで眺めていたことだ。
「ヴィヴィア」
クリスがヴィヴィアの顔を覗き込む。
「すみません。あなたの姿があまりに可愛らしく意地の悪いことをしてしまいました」
未だに機嫌を直さないヴィヴィアに対してクリスはようやく謝罪をした。
「わかっているのであればこれから気を付けてください」
ヴィヴィアはふんとそっぽ向いて言い放った。
「はい、気を付けます」
クリスはふふっと笑った。
「何ですか?」
「いえ、だんだんあなたの表情が見えてきて嬉しくて」
本当に反省しているのだろうか。
ヴィヴィアはじとっとクリスを睨んだ。
しばらくしてようやくヴィヴィアの心が落ち着いてきた。
いつまでも子供のように拗ねても仕方ない。
今回、彼のエスコートのおかげで素敵な買い物もできたし、婚姻前はヴィヴィアには縁のない喫茶店でのアフターヌーンティーを堪能できたのだ。
それにお祭り騒ぎの町を安心して歩けるのもクリスのおかげである。
変な押し売りを受けずにすんでいるのはクリスが防波堤になっているからだとヴィヴィアは気付いていた。
何度かヴィヴィアに適当な花やら怪しい花瓶など売りつけてくる商人をクリスが追い払っていたか。
今日のクリスはヴィヴィアの為に時間を作ってくれている。
実際、彼と一緒にお店を回る時間は楽しかった。
少しだけ意地悪く言ってもばちはあたらないだろうか。
ヴィヴィアはクリスの袖を掴んで口にした。
「無事私を館までエスコートしてくださいね」
そういうとクリスは笑った。
「勿論です」
その瞬間、ヴィヴィアの心の奥から温かい気持ちが流れてくる。
彼の感情が自分に向けられていると感じられる幸せがいつまで続くかわからない。
せっかくのお祭り気分なのだからもう少し楽しみたい。
屋台の店をまわりながらクリスは色んな商品をヴィヴィアにみせて示してくれる。
手作り細工のお花、髪飾りと次から次とクリスはコインをいれては購入してヴィヴィアの髪に飾りつけていく。
その度に優しく笑う彼がとても愛しくてたまらない。
本当にデートしているんだ。
次はどのお店を回ろうかと二人の会話がだいぶスムーズになった頃に騒ぎが起きた。
「やめてくださいっ!」
若い少女の声が響いてきた。
ヴィヴィアがその方へと向かうと酔っ払いの男集団に囲まれている少女がいた。
男の一人が少女の腕を強く掴んでいる。
「こんなところでしけたもの売りなんてしていないでこっちで一緒に飲もうよ」
下品な男たちの笑い声に少女は首を横に振った。
「困ります」
少女の言葉に男たちはにやにやと笑っている。
こんな日も明るいうちに嫌な光景である。
「やめておきなさい。困っているでしょう」
仕方ないとクリスは酔っぱらいたちの前に出て少女の腕を解放させた。
「何だよ。あんたには関係ないだろう」
「そうはいかない。彼女は我が家の奨学生だ」
少女の金色の髪、碧眼をみてヴィヴィアは「あ」と口を開いた。
彼女はベザリー・モカだ。
この光景をみてヴィヴィアは思い出した。
これは小説の場面だ。
クリスと絆を深める場面のひとつで、お祭り騒ぎの街を偵察していたクリスがベザリーを見つける。
ベザリーがお祭りの出し物でクッキーを売っていて、変な男に絡まれているところをクリスが助けるのだ。
ベザリーはお礼にとクリスにクッキーを差し入れする。それが薔薇の香りをただよわせたクッキーで、一口たべるとクリスの疲れた心を癒していく。
そこでこれからの行事について話して、秋の狩猟祭の話につながってベザリーは親が生きていた頃の思い出を語る。
狩猟祭で毒矢にあたり負傷した参加者の少年を助けた時のことをベザリーが語り、その少年がクリスだったことが判明する。そこでクリスはますますベザリーに強く惹かれていく。
そこから定期的に一緒にお茶をして会話を重ねていくことでクリスはベザリーへの想いに気づいていく。
あ、やっぱり小説通りに進んでいくんだ。
先ほどまでの温かい気持ちが一気にさめていく。
今までクリスがベザリーと出会うイベントは避けられていったが今回でようやく小説の一節へと結ばれていった。
「ありがとうございます。公爵様」
酔っ払い男たちを追い払った後、ベザリーはクリスに頭を下げた。
「どうして君が物売りなど?」
学園に通っている間は生活に不自由がないように支援金を出していたはずだ。
「修道院の手伝いです。これは売り物ではなく、配布しているものです。宜しければどうです。おひとつ」
ベザリーはクッキーの入った袋をひとつクリスに渡した。
クリスは無言でそれを受け取る。
「お礼も兼ねてお茶を一緒にどうでしょう。あちらの屋台で売られているお茶が美味しいのですよ」
「悪いが、遠慮しておくよ」
クリスは首を横に振ってヴィヴィアのいた方へと振り向いた。
いない。
ヴィヴィアの姿がなく、内心焦り周りをみる。ヴィヴィアの護衛に控えさせていたヴィクター卿の姿もないため、彼がヴィヴィアのそばについているはずだ。
そうはいっても心配であり早く探さなければ。
「待ってください。このままお礼をせずに帰せません」
クリスが立ち去ろうとするとベザリーは両手でクリスの腕を掴んだ。そのはずみなのか、クリスの腕が彼女の胸元に触れる。
クリスはぞくりと震えその手を振り払った。
「ベザリー・モカ令嬢、あなたがお礼をしなければと思う必要はありません。それと不用意に男の腕に掴むのはやめた方がいいですよ」
騒動を聞きつけた衛兵がやってきたので、クリスは彼らに事情を話してベザリーを修道院へ送るように伝えた。
奨学生は学園寮の手配もしてあるが、中には自宅から通学を希望する者もいる。ベザリー自身、修道院の手伝いをしたいからと学園寮に入らず修道院から通うことを選んでいた。
その為彼女の帰る場所は修道院である。
「今日はもう暗くなるから修道院へ帰りなさい」
そう言いながらクリスはベザリーから立ち去った。
その後ろ姿をみてベザリーは人差し指を口元へあてた。
ガリッ
彼女は強く爪を噛み、そこから血が滲んでいた。
だいたい1週間は続くとのことだ。
「面白い仕掛けだな」
屋台の売り物のひとつをとりクリスはつぶやいた。
球体の置物で、中の灯りを灯せば星空を再現してくれる。
「部屋の中でも天体観測の気分を味わえて、星の見方を覚えるのにちょうどよいですよ」
屋台の主の説明を聞いて、クリスはヴィヴィアの方をみた。
ヴィヴィアはまだ機嫌が治っていないようで表情がかたかった。
「ヴィヴィア、星を見るのは好きじゃないのですか?」
「さぁて、夜遅くまで星を眺めたことがないのでわかりません」
ヴィヴィアが不機嫌なのは、先ほどの喫茶店の出来事だ。
サービスの桃のデザート、季節限定の桃のタルトでお腹いっぱいになりそれでも他のケーキが美味しそうで食べきれないことを口惜しく思っていた。
クリスが残りを食べていると、彼は笑って言った。
「そんなに落ち込まないでください。明日、ケーキを館に届けてもらいますから」
「お持ち帰り厳禁なのではないのですか?」
確か、お店の注意書きにあった。
「私の館なら問題ありません。ここは私の店ですから」
その言葉にヴィヴィアは首を傾げた。
どうやら人気店、レディーアンジェはクリス・ゴーヴァンが経営している店だったようだ。
そりゃ、スカイバルコニーの席を貸し切りにできるはずである。
教えてくれなかったことにヴィヴィアが怒っている訳ではない。
腹立たしいのはどのケーキにも魅了されて残したくないが残さざるを得ない口惜しい表情をしていたヴィヴィアをクリスが楽しんで眺めていたことだ。
「ヴィヴィア」
クリスがヴィヴィアの顔を覗き込む。
「すみません。あなたの姿があまりに可愛らしく意地の悪いことをしてしまいました」
未だに機嫌を直さないヴィヴィアに対してクリスはようやく謝罪をした。
「わかっているのであればこれから気を付けてください」
ヴィヴィアはふんとそっぽ向いて言い放った。
「はい、気を付けます」
クリスはふふっと笑った。
「何ですか?」
「いえ、だんだんあなたの表情が見えてきて嬉しくて」
本当に反省しているのだろうか。
ヴィヴィアはじとっとクリスを睨んだ。
しばらくしてようやくヴィヴィアの心が落ち着いてきた。
いつまでも子供のように拗ねても仕方ない。
今回、彼のエスコートのおかげで素敵な買い物もできたし、婚姻前はヴィヴィアには縁のない喫茶店でのアフターヌーンティーを堪能できたのだ。
それにお祭り騒ぎの町を安心して歩けるのもクリスのおかげである。
変な押し売りを受けずにすんでいるのはクリスが防波堤になっているからだとヴィヴィアは気付いていた。
何度かヴィヴィアに適当な花やら怪しい花瓶など売りつけてくる商人をクリスが追い払っていたか。
今日のクリスはヴィヴィアの為に時間を作ってくれている。
実際、彼と一緒にお店を回る時間は楽しかった。
少しだけ意地悪く言ってもばちはあたらないだろうか。
ヴィヴィアはクリスの袖を掴んで口にした。
「無事私を館までエスコートしてくださいね」
そういうとクリスは笑った。
「勿論です」
その瞬間、ヴィヴィアの心の奥から温かい気持ちが流れてくる。
彼の感情が自分に向けられていると感じられる幸せがいつまで続くかわからない。
せっかくのお祭り気分なのだからもう少し楽しみたい。
屋台の店をまわりながらクリスは色んな商品をヴィヴィアにみせて示してくれる。
手作り細工のお花、髪飾りと次から次とクリスはコインをいれては購入してヴィヴィアの髪に飾りつけていく。
その度に優しく笑う彼がとても愛しくてたまらない。
本当にデートしているんだ。
次はどのお店を回ろうかと二人の会話がだいぶスムーズになった頃に騒ぎが起きた。
「やめてくださいっ!」
若い少女の声が響いてきた。
ヴィヴィアがその方へと向かうと酔っ払いの男集団に囲まれている少女がいた。
男の一人が少女の腕を強く掴んでいる。
「こんなところでしけたもの売りなんてしていないでこっちで一緒に飲もうよ」
下品な男たちの笑い声に少女は首を横に振った。
「困ります」
少女の言葉に男たちはにやにやと笑っている。
こんな日も明るいうちに嫌な光景である。
「やめておきなさい。困っているでしょう」
仕方ないとクリスは酔っぱらいたちの前に出て少女の腕を解放させた。
「何だよ。あんたには関係ないだろう」
「そうはいかない。彼女は我が家の奨学生だ」
少女の金色の髪、碧眼をみてヴィヴィアは「あ」と口を開いた。
彼女はベザリー・モカだ。
この光景をみてヴィヴィアは思い出した。
これは小説の場面だ。
クリスと絆を深める場面のひとつで、お祭り騒ぎの街を偵察していたクリスがベザリーを見つける。
ベザリーがお祭りの出し物でクッキーを売っていて、変な男に絡まれているところをクリスが助けるのだ。
ベザリーはお礼にとクリスにクッキーを差し入れする。それが薔薇の香りをただよわせたクッキーで、一口たべるとクリスの疲れた心を癒していく。
そこでこれからの行事について話して、秋の狩猟祭の話につながってベザリーは親が生きていた頃の思い出を語る。
狩猟祭で毒矢にあたり負傷した参加者の少年を助けた時のことをベザリーが語り、その少年がクリスだったことが判明する。そこでクリスはますますベザリーに強く惹かれていく。
そこから定期的に一緒にお茶をして会話を重ねていくことでクリスはベザリーへの想いに気づいていく。
あ、やっぱり小説通りに進んでいくんだ。
先ほどまでの温かい気持ちが一気にさめていく。
今までクリスがベザリーと出会うイベントは避けられていったが今回でようやく小説の一節へと結ばれていった。
「ありがとうございます。公爵様」
酔っ払い男たちを追い払った後、ベザリーはクリスに頭を下げた。
「どうして君が物売りなど?」
学園に通っている間は生活に不自由がないように支援金を出していたはずだ。
「修道院の手伝いです。これは売り物ではなく、配布しているものです。宜しければどうです。おひとつ」
ベザリーはクッキーの入った袋をひとつクリスに渡した。
クリスは無言でそれを受け取る。
「お礼も兼ねてお茶を一緒にどうでしょう。あちらの屋台で売られているお茶が美味しいのですよ」
「悪いが、遠慮しておくよ」
クリスは首を横に振ってヴィヴィアのいた方へと振り向いた。
いない。
ヴィヴィアの姿がなく、内心焦り周りをみる。ヴィヴィアの護衛に控えさせていたヴィクター卿の姿もないため、彼がヴィヴィアのそばについているはずだ。
そうはいっても心配であり早く探さなければ。
「待ってください。このままお礼をせずに帰せません」
クリスが立ち去ろうとするとベザリーは両手でクリスの腕を掴んだ。そのはずみなのか、クリスの腕が彼女の胸元に触れる。
クリスはぞくりと震えその手を振り払った。
「ベザリー・モカ令嬢、あなたがお礼をしなければと思う必要はありません。それと不用意に男の腕に掴むのはやめた方がいいですよ」
騒動を聞きつけた衛兵がやってきたので、クリスは彼らに事情を話してベザリーを修道院へ送るように伝えた。
奨学生は学園寮の手配もしてあるが、中には自宅から通学を希望する者もいる。ベザリー自身、修道院の手伝いをしたいからと学園寮に入らず修道院から通うことを選んでいた。
その為彼女の帰る場所は修道院である。
「今日はもう暗くなるから修道院へ帰りなさい」
そう言いながらクリスはベザリーから立ち去った。
その後ろ姿をみてベザリーは人差し指を口元へあてた。
ガリッ
彼女は強く爪を噛み、そこから血が滲んでいた。