御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
 そっとハンカチを差し出されて受け取る。
 一瞬、汚していいものか迷ったけれど、ぽたぽたと落ちる涙が私の意思に反してハンカチを濡らした。

「また辛くなったらここへ来てください。俺でよければ、話を聞きますから」
「……ありがとうございます」

 優しく微笑む彼に、つい見惚れてしまって、涙でぐちゃぐちゃな顔で九条さんを見上げる。
 彼は私の頬に手を伸ばすと、涙で張り付いた髪を指ではらった。

「あ、の……」
「すみません、つい」
「いえ……」

 さっと顔を伏せ、手元に視線を落とす。
 彼の袖口から覗く腕時計で時間を見た私は、ハッとして顔を上げた。

「終電……!」
「もうそんな時間でしたか?」
「すみません。もう帰りますね! えっと、お代は……」

 先ほどまで息を潜めていた店主に声をかけるも、大丈夫だと言って鞄から財布を取り出そうとする私を制した。

「今日はおまけ。何かあったら、コイツから取るからさ」
「……だそうなので、本当に大丈夫ですよ」
「でも……」
「もし差し支えなければ、またここに来てください」

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