御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
 ◇

「……星名さん。今日こそ早く帰るように」
「わかりました」

 午後八時。最近、部長が嫌な顔で私を見る。
 その理由は間違いなくズルズルと続けている残業と、私の顔色にあるだろう。
 平日はオフィスワーク、土日は実家へ、と忙しなく動いているせいで、すっかりやつれてしまった。

 だから、少しでも早く帰って休め、と言いたいのだろう。
 私だって、後輩が死にそうな顔で働いていたら心配だってするし、どうにかこうにか早く帰らせようとする。その指示すら聞かなかったら、嫌な顔のひとつぐらいしてしまうかもしれない。

 ある意味、上司なりの優しさなのだと思って、私はひとりになったオフィスでぐぐっと伸びをした。

 凝り固まった姿勢から解放された背骨がパキパキとあらぬ音を立てる。一気に血流が脳まで巡って、めまいがした。

「今日はもう帰ろうかな……」

 くたくたになった鞄に私物を詰め込む。
 そこでふと、いまだ返せていないハンカチの存在に気付いた。

 ――そうだ、借りっぱなしだったんだ……。

 洗濯し、丁寧にアイロンがけまでして袋にいれたままのハンカチを見て、あの日の夜を思い出す。

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