御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
 あれからなんだかんだと理由をつけてバーには行けていない。
 今日こそは、と思うのに、彼がいなかったらがっかりするかもしれない自分を想像して躊躇ってしまうのだ。

 ぱちんとオフィスの照明を落とし、雑居ビルの階段を降りていく。

 しばらく歩いていると、ビルとビルの間に紛れて黒塗りの扉が見えてきた。
 よくよく見ると扉には表札がなく、かろうじて扉が夜の闇に沈み込まないように白熱球で照らされているだけだ。
 横には小さなインターフォンがあって、押していいのかもわからない。

 しばらく扉の前で突っ立っていると、重い扉が開いた。

「あっ」
「あ……」

 目が合って、呆けた声を出す。そこには九条さんが立っていた。

「お久しぶりですね。やっと来てくれた」
「いや、私は、その……」
「マスター、やっぱりもう一杯」

 彼が扉を大きく開き、私を招き入れてくれる。
 有無を言わさぬ勢いで腕を引かれて、私は中に入るしかなかった。

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