御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
「さ、そろそろご飯にしよっか」

 私の母は目が回るほどの忙しさであっても、必ず温かな夕飯を用意してくれた。
 煤まみれになった黒い汗をタオルでふき取り、くたくたになったエプロンをつけて夕飯の準備をするのがいつものスタイルだ。
 具沢山のお味噌汁と、すぐ仕事に戻れるようにと食べやすく握られたおにぎりは父の大好物だった。
 私にはおにぎりではなく白米と皿に盛ったおかずを出してくれたけれど、ときどき父が食べるおにぎりがおいしそうに見えて、作ってほしいとねだった。

 いま振り返ると、我が家の食卓は決して豪華なものではなかったかもしれない。
 それでもたまの休日には、私の大好きなカレーやハンバーグを出してくれた。
 今でもその味が、ときどき恋しくなる。


 そんな母は、もうこの世にいない。
 数年前に過労で倒れて、それきり。
 以降は父が頑張って町工場をひとりできり盛りしていたけれど、ついに首が回らなくなったらしい。

 その知らせを聞いたのは、粉雪混じりの冷たい風が吹く十二月のことだった。

< 3 / 78 >

この作品をシェア

pagetop