御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
 ◇

「星名さん。そろそろ帰るけど、戸締りよろしくね」
「……わかりました」

 私、星名千尋(ほしなちひろ)は煌々と青白い光を放つパソコン画面を見つめたままこくりと頷いた。

 都内にある小さな専門商社に勤める私は、いつもギリギリまで会社に残っている。一分一秒でもデスクの前に齧りつき、残業代を稼ぐためだ。
 私がやらなくてもいい仕事を率先して引き受けては、いつも遅くまでオフィスに残って仕事をしている。

 現在の精密医療機器の部品をメインに扱う専門商社に入ったのは、いつか家業を継ぐのに役立つかもしれないと思って選んだ。

 ここだけの話、自由に仕事を選べるのであれば料理の道に進みたかった。
 母の手料理を、食べると心がふわっと温まるような優しい味を、自分でも生み出してみたかったからだ。

 だけど、もちろんそんな余裕はなかった。
 高校卒業前に工場の経営が傾いていたことを知っていた私は、地元の四大に通うつもりだったところを急遽進路変更して経営を学べる短大に進んだ。

 短大は就職率のいいところを選んだ。そこそこ偏差値がよく、特待生であれば学費が免除になるところを選んだ。

 高校を卒業してすぐに町工場に戻って経営を立て直すことや、戦力として働くことも考えたけれど、社会に出たこともない小娘が力にならないことぐらいわかっていた私は、少しでも給料がいいところへ就職しようと努力した。

 そうして二十歳でいまの仕事に就いてからは、可能な限り両親に仕送りをした。こっそりとバイトもした。
 体力だけは有り余っていたから、たくさん働いて仕送りをしたけれど、そのお金は家計の足しからいつしか母の医療費に変わっていた。

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