御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
 私は彼と、離れるつもりはない。
 だけど彼は契約の際、一年ごとに見直すとも言っていた。それはつまり、更新されない日が来るかもしれないということで。

 だからさっきの言葉は、契約結婚を解消したあとで別の人間から本物の指輪をもらえということなのだろう。

 ちゃんと自分の立場は理解している。だから胸が裂けそうなほど痛いのに、それと同時に形ばかりでも彼から指輪を贈られて嬉しかった。

「ほら、そろそろ行かないと遅刻する」
「はい……!」

 すっかり忘れていたけれど、そろそろ家を出なければならない時間だ。

 急いで廊下へ向かい、パンプスを踵に引っ掛ける。
 彼はのんびりと私の後を追いかけると、気をつけるように言って、私が外に出るまで見送ってくれた。

「……どうしよう、ニヤケそう……」

 エレベーターに乗り、左手を庇うように右手でぎゅっと握り締めながら薬指にはまった指輪の感触を確かめる。
 私は何度もつるりとした指輪の表面を撫でると、左手の薬指を見ながら、悩ましげなため息をついたのだった。

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