御曹司の契約妻が本物の妻として愛されるまで
「……わかったよ。……その、本当にすみません。なにから何まで……」

 彼が丁寧に頭を下げ、私の足に転げ落ちた靴をあてがう。
 バーテンダーの男性はほかほかのおしぼりを広げると、私に手渡した。

「ありがとうございます」
「うちのがすまんねぇ。で、なに飲む? 奢ってあげるよ、コイツが」
「……もちろんです。好きなものを頼んでください」
「でも……」
「いいよ。好きなものをいくらでも頼みな。コイツが払うからさ」

 期待を込めた目で見つめられると断りづらい。
 お酒の値段がいくらなのか私には想像もつかないけれど、とりあえず知ってる名前のカクテルを告げた。

「じゃあ、カシスソーダで……」
「カシスソーダが好きなんですか?」
「好きというより、昔、会社の飲み会で口にしたことがあって……」

 嗜好品はめったに手に取らない。会社の飲み会も、新入社員歓迎会で参加したその一回だけだ。
 さすがに自分のために開かれた歓迎会を断るなんてできなかった。

 そのときにお酒を飲んで以来、アルコールを口にしていないから、自分がお酒に強いのかどうかもわからない。

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