療養先から戻ったら、婚約者が異母妹とキスをしていた
ジャスタスは大きくため息をついた。
「正直、君はもう帰ってこないと思ってた。誰もがそう言ってたよ。あの病気じゃ、長くはもたないと」
その冷たい声に、胸が張り裂けそうになる。
(こんな冷たい目をする人だった? 昔のジャスタス様は、いつも私の手を取ってくれたのに)
「もしかして、手紙の返事がなかったのは……」
「手紙?」
「ほら、あれよ。お姉様からいつも届いていた」
不思議そうに呟くジャスタスに、オリヴィアが軽く笑いながら答えた。だが、その笑みに優しさはなかった。
「ああ、そうだったか?」
「そうよ、私が全部処分しておくと、伝えてあったじゃない」
「……え?」
信じられない気持ちで、ローレッタは声を漏らした。
「だって、あんな手紙、読んでも困るでしょ? 泣き言ばかりで鬱陶しかったし。あのままベルトンで勝手に死んでくれたら、それが一番だったのに」
その言葉に、ローレッタは言葉を失った。
オリヴィアはなんのためらいもなく、笑っている。
「……あなたが、私の手紙を?」
ローレッタの声は、掠れていた。
「全部、燃やしたわ」
オリヴィアはあっさりと認めた。まるでたいしたことじゃない、とでも言うように。
その顔は、勝ち誇り、そして嘲りに満ちていた。
「そんな……」
ローレッタの目に、悔しさと悲しみが滲む。
たったひと言を信じて、孤独な療養生活を乗り越えてきたのに、そのすべてが、なかったことにされていた。
「そうだ、いい提案がある」
ジャスタスはそう言って、どこか得意そうな顔をした。嫌な予感しかしない。
「君には、俺の子を産んでもらう。それなら血筋も継げるし、万事解決だろ?」
ふざけた声色で言いながら、ジャスタスはローレッタの体を品定めするように見下ろす。その目に、かつての優しさは欠片もなかった。どこか下卑た、浅ましい色をしていた。
(……気持ち悪い)
背筋に、ぞわりと嫌悪が走る。
(本当にこの人が……あの、ジャスタス様?)
ずっと、会いたかったはずの人。
なのに今、目の前にいるのは――ただの化け物だった。
ローレッタは震える呼吸を落ち着かせるように、深く息を吸う。そして、真正面からふたりを見据えた。
「私の価値は、あなたが決めることじゃない。そんな提案は、認めないわ」
「随分と強気ね。死に損ないのくせに」
オリヴィアが唇を歪める。ジャスタスも、不満げに眉をひそめた。
「魔力症になったのは君の責任だ。そんな体で、できることなんて限られている。子どもを産むぐらいしか――」
吐き捨てるようなひと言に、思わず息を呑む。どんなに唇を震わせても、返すべき言葉が見つからなかった。
「それに、森を導くのは、俺のように選ばれた者であるべきだ」
もう、聞いていられなかった。
(私は、彼のなにを見ていたのかしら)
どこをどうすれば、こんな人を優しいと思えるのだろう。彼の言葉を聞けば聞くほど、胸の内側が冷たくなる。
「……わかったわ。婚約破棄しましょう」
「は……? 冗談だろ? 俺の提案を受け入れれば、君だって役に立つんだ。なにが不満なんだよ!」
ジャスタスが勢いよく立ち上がり、驚きと怒りを込めた目でローレッタを睨みつけた。ローレッタはその目に怯まず、冷静な目で見返す。
「ええ、役立たずで結構。あなたのために生きるつもりなんて、ないわ」
言い放った瞬間、胸の奥でなにかにひびが入ったような音がした。
でも、それは悲しみではない。むしろ、縛られていた鎖が外れる気配に思えた。
(たとえ精霊の力が使えなくても、私はアークライト公爵家の娘なの)
ローレッタは、大きく息を吸い込み、顔を上げる。
もう、彼への未練はどこにもない。過去の優しい思い出が、次々に頭をよぎり、そして消えていった。
迷うことなく、ジャスタスに背を向ける。そして、一度も振り返らずに部屋を後にした。