療養先から戻ったら、婚約者が異母妹とキスをしていた
第一章 婚約者の裏切り
ジャスタスと決別した後、ローレッタは足取り重く執務室へ入った。
 ここは、フレディたちが立ち入ることのない空間。閉ざされた扉に守られていることに、少しだけ安堵しながら、ローレッタは深く息をついた。
 長椅子に腰を下ろすと、全身の力が抜けて、体がぐっと重くなる。

(なんでこんなことになったのかしら)

 仲睦まじく笑い合う、ジャスタスとオリヴィア。
 どれだけ気を紛らわそうとしても、あのふたりの姿が頭から離れない。

「せっかく、急いで帰ってきたのに。まさか、こんなことになるなんて」

 背もたれに身を預け、自然と目が閉じた。深いため息が漏れる。
 その時、テーブルの上になにかが置かれた気配がした。そっと顔を上げれば、カイネルが心配そうな面持ちでこちらを見ていた。少し前にサロンへ様子を見に行って、戻ったばかりのようだ。

「オリヴィア様のこと、先にお伝えするべきでした。私の不手際です」

 責める気持ちは湧かなかった。彼が告げられなかったのは、自分が話も聞かずに飛び出したせいだ。

「……ふたりは、いつから? その、そういう関係に?」
「気付いた時には、もう、よく一緒に外へ出ていました。すでに男女の関係にまで進んでいたとは……」

 カイネルの声には、悔しさとともに、薄い諦めの色が混じっていた。ローレッタの胸が、締めつけられる。
 療養の間、家を守ってくれたのは彼だった。そんな状況で、ジャスタスやオリヴィアの関係にまで目を配ることは難しいだろう。

「旦那様が本邸に住めるよう頼んできた時、契約を盾にして断ったのです。ですが、気付けば、ジャスタス様はオリヴィア様を連れて、頻繁に出入りするようになっていました」
「あなたのせいじゃないわ」

 ローレッタは、首を左右に振った。

「悪いのは彼よ。オリヴィアは私の異母妹なのに……そんな彼女と関係を持つなんて。もう、彼を信用できない。だから、婚約は破棄するわ」

 無理に明るさを取り繕っても、声の揺れは隠せない。カイネルは、一瞬だけ痛ましげな表情を浮かべ、すぐにいつもの穏やかさへ戻った。

「わかりました。婚約破棄の手続きを進めます」
「お願い。それに、お父様も、いったいなにを考えているのかしら。オリヴィアを後継者にしようだなんて。あり得ないわ」
「旦那様には、どうしても理解していただけませんでした」
「はあ……頭が痛い」

 まさか、帰ってきて早々、こんな話になるなんて。後始末を考えるだけで、気力が吸い取られていく。気持ちを立て直そうとしても、うまくいかない。
 そんなローレッタに、カイネルが声をかけた。

「ダーナ様に、ご相談なさっては?」
「叔母様に?」

 思いがけない名前に、ローレッタは目を見開く。
 ダーナは母の妹。ベルトン国に嫁いで以来、公爵家に関わることはなかった。だが、ローレッタの魔力症の治療ではとても助けられている。

「はい。旦那様だけなら、私だけでも対応できますが……」

 言いにくそうに、カイネルが言葉を濁す。

「お祖母)様ね。あの人、お父様のことを溺愛してるから。ここに来たら、好き放題しそうだわ」

 現カヴァル侯爵は父の兄で、信頼できる人物だ。
 だが、祖母は違う。自分の思い通りにしたいという欲が強く、今までも数々の無理を押し通してきた。できることなら、関わりたくない。

「叔母様に戻ってきてもらうのは、さすがに無理。……そうね、陛下にこの家の管理をお願いしましょう」
「承知しました。では、面会の申請を」

 ローレッタは、アークライト公爵家と精霊の森の管理を王に託す決断をした。
 これなら、フレディも勝手な真似はできないはずだ。精霊の森は、数年程度なら離れても問題ない。
 そう、自分に言い聞かせる。

「お嬢様。陛下との面会後は、どうなさいますか?」
「ベルトンへ戻るわ。治療を進めてもらうつもり」
「サロンの方は……」

 言いにくそうに、カイネルが尋ねた。
 あのサロンは、おそらく密会の場に使われていたのだろう。今日に限らず、これまでずっと。
 目を閉じて、ローレッタは息を吐く。

「そうね。サロンは、改装してちょうだい」

 母との、温かな思い出が詰まった場所。
 でも今、その記憶の上に、別のものが重なってしまった。

「本当に、申し訳ありませんでした」
「大丈夫よ。お母様との思い出は、ちゃんとここに残っているから」

 そう言って、ローレッタは胸に手を置いた。

(大切なものは、なにも奪われていない)
 ふと、自然に笑みがこぼれた。

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