療養先から戻ったら、婚約者が異母妹とキスをしていた
オリヴィアは、ローレッタが迷いなくジャスタスとの関係を断ち切って去っていく背中を見送った。
(なんで、泣いて縋りつかないのよ!)
婚約者を奪われたのに。どうして、あんなに清々しい顔をしていられるのか。
オリヴィアは無意識に親指の爪を噛んだ。
あの瞬間、ジャスタスに泣いて取り縋るローレッタが見たかったのに。現実の彼女は、想像よりずっと冷静で、落ち着いていた。
「もっと取り乱すと思ったのに」
予想外の反応に、舌打ちしそうになる。
「オリヴィア」
名前を呼ばれ、ハッとして振り向くと、ジャスタスが心配そうに顔を覗き込んでいた。すぐに、オリヴィアは目じりに涙を浮かべる。
「どうしよう、お姉様を、傷つけてしまったわ」
「泣くなよ。ローレッタは俺が選ばれし者だから、それが気に入らないだけだ」
慰めるように、ジャスタスがオリヴィアを抱き寄せる。
その腕の中で、オリヴィアは顔を伏せながら、彼の手が髪を優しく撫でるのを感じた。先ほどの熱情とは違い、そこには気遣いがあった。
「確認したいんだが、ローレッタの言ってたこと、本当か?」
「なにが?」
「アークライト公爵家の後継者になれないって」
オリヴィアは涙を拭うふりをして顔を上げ、上目遣いに彼を見つめる。少し癖毛の黒髪は短く整えられ、いつもは優しげな緑の瞳には険しい光が宿っていた。深刻そうに眉を寄せるその表情すら、美しく見える。
(いつ見ても素敵。頑張って手に入れた甲斐があったわ)
ローレッタに冷たくされた被害者を演じながら、心ではうっとりしていた。
「難しいことは、わからない。でも、お父様は私こそが後継者だって言ってたわ」
「いつ?」
「お姉様が倒れた後よ」
それは事実だった。
ローレッタが魔力症だと診断された時、フレディは喜んだ。『これで愛する人との娘を後継者にできる』と。当時のオリヴィアにはその意味がわからなかったが、貴族である父が言うなら、そういうものだと思っていた。
「なるほど。ローレッタが知らないだけか」
「きっと、今までずっと次期当主としてお姉様は頑張ってたから……お父様も言い出せなかったのかもしれないわ」
「精霊に見放され、家も継げない。そんな時に現実を突きつけるのは酷だしな」
ジャスタスは納得したように微笑み、オリヴィアも満足そうに笑う。だが、ふと意地悪な気持ちが湧き、少しからかってみる。
「でも、さっき婚約破棄はしないって」
「拗ねるなよ。君が後継者だと正式に認められるまでの保険だ。俺の愛は、君にある」
「都合のいいことばっかり言うのね。お父様の言葉、信じてないの?」
「違う。ローレッタがなにを仕掛けてくるか、それが心配なんだ」
オリヴィアは頷く。
ローレッタは、オリヴィアの知らない伝手をたくさん持っている。なにをするかわからない――そう思った瞬間、嫌な予感が胸をよぎった。
「不安に思わなくていい。万が一ローレッタと結婚することになっても、表に立つのは君だよ」
「それって、私を愛人扱いするってこと? 精霊に選ばれたからって、随分傲慢ね」
「はは、仕方がないだろ。俺は選ばれし存在だから。君が一番よく知ってるじゃないか」
そう言って、ジャスタスはオリヴィアに深いキスを落とす。オリヴィアは目を閉じ、酔うようにその感覚に身を委ねた。
(ジャスタスは選ばれた男……そんな彼の隣に相応しいのは、私。お姉様じゃない)
難しいことはわからない。けれど、フレディとジャスタスが導いてくれるなら、すべてうまくいく。
オリヴィアは将来の不安を忘れ、彼との情事に身を沈めた。
(なんで、泣いて縋りつかないのよ!)
婚約者を奪われたのに。どうして、あんなに清々しい顔をしていられるのか。
オリヴィアは無意識に親指の爪を噛んだ。
あの瞬間、ジャスタスに泣いて取り縋るローレッタが見たかったのに。現実の彼女は、想像よりずっと冷静で、落ち着いていた。
「もっと取り乱すと思ったのに」
予想外の反応に、舌打ちしそうになる。
「オリヴィア」
名前を呼ばれ、ハッとして振り向くと、ジャスタスが心配そうに顔を覗き込んでいた。すぐに、オリヴィアは目じりに涙を浮かべる。
「どうしよう、お姉様を、傷つけてしまったわ」
「泣くなよ。ローレッタは俺が選ばれし者だから、それが気に入らないだけだ」
慰めるように、ジャスタスがオリヴィアを抱き寄せる。
その腕の中で、オリヴィアは顔を伏せながら、彼の手が髪を優しく撫でるのを感じた。先ほどの熱情とは違い、そこには気遣いがあった。
「確認したいんだが、ローレッタの言ってたこと、本当か?」
「なにが?」
「アークライト公爵家の後継者になれないって」
オリヴィアは涙を拭うふりをして顔を上げ、上目遣いに彼を見つめる。少し癖毛の黒髪は短く整えられ、いつもは優しげな緑の瞳には険しい光が宿っていた。深刻そうに眉を寄せるその表情すら、美しく見える。
(いつ見ても素敵。頑張って手に入れた甲斐があったわ)
ローレッタに冷たくされた被害者を演じながら、心ではうっとりしていた。
「難しいことは、わからない。でも、お父様は私こそが後継者だって言ってたわ」
「いつ?」
「お姉様が倒れた後よ」
それは事実だった。
ローレッタが魔力症だと診断された時、フレディは喜んだ。『これで愛する人との娘を後継者にできる』と。当時のオリヴィアにはその意味がわからなかったが、貴族である父が言うなら、そういうものだと思っていた。
「なるほど。ローレッタが知らないだけか」
「きっと、今までずっと次期当主としてお姉様は頑張ってたから……お父様も言い出せなかったのかもしれないわ」
「精霊に見放され、家も継げない。そんな時に現実を突きつけるのは酷だしな」
ジャスタスは納得したように微笑み、オリヴィアも満足そうに笑う。だが、ふと意地悪な気持ちが湧き、少しからかってみる。
「でも、さっき婚約破棄はしないって」
「拗ねるなよ。君が後継者だと正式に認められるまでの保険だ。俺の愛は、君にある」
「都合のいいことばっかり言うのね。お父様の言葉、信じてないの?」
「違う。ローレッタがなにを仕掛けてくるか、それが心配なんだ」
オリヴィアは頷く。
ローレッタは、オリヴィアの知らない伝手をたくさん持っている。なにをするかわからない――そう思った瞬間、嫌な予感が胸をよぎった。
「不安に思わなくていい。万が一ローレッタと結婚することになっても、表に立つのは君だよ」
「それって、私を愛人扱いするってこと? 精霊に選ばれたからって、随分傲慢ね」
「はは、仕方がないだろ。俺は選ばれし存在だから。君が一番よく知ってるじゃないか」
そう言って、ジャスタスはオリヴィアに深いキスを落とす。オリヴィアは目を閉じ、酔うようにその感覚に身を委ねた。
(ジャスタスは選ばれた男……そんな彼の隣に相応しいのは、私。お姉様じゃない)
難しいことはわからない。けれど、フレディとジャスタスが導いてくれるなら、すべてうまくいく。
オリヴィアは将来の不安を忘れ、彼との情事に身を沈めた。