療養先から戻ったら、婚約者が異母妹とキスをしていた
第二章 ベルトン国での療養生活
国王との面会を終えると、ローレッタはすぐにカイネルへ後のことを託し、ベルトン国へ戻る旅に出た。
叔母の住む屋敷の門をくぐり、馬車は静かに止まる。
ローレッタが馬車を降りた瞬間、冷たい風が頬を優しく撫でた。長旅の疲れが、ほんの少し和らぐ気がする。
「ローレッタ!」
玄関で家令に迎えてくれており、奥から慌ただしい足音が響いた。顔を向ければ、ダーナが急ぎ足でこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
四十代半ばとは思えない落ち着いた品のある雰囲気。こげ茶の髪はきちんとまとめられ、華やかさと凛とした静けさを併せ持っている。その顔立ちは温かみがあり、目元にはローレッタと同じ琥珀色の瞳が優しく輝いていた。
「叔母様!」
嬉しさが込み上げて目を輝かせ、ローレッタはダーナに飛びついた。ダーナも優しく姪を抱きしめる。温かな気遣いに胸が詰まり、涙が不意にあふれる。ローレッタは、それを悟られぬよう、そっと顔を隠した。
「ああ、かわいそうに。それにしても、あなたの婚約者、とんだクズだったわね」
「叔母様ったら、クズだなんて」
「クズをクズと呼んで、なにがいけないの?」
ダーナの辛辣な言葉に、思わずローレッタは笑い出した。笑いながらも、涙が自然とあふれてくる。
ダーナはローレッタの涙を優しく拭ってくれた。そんなふたりに、家令がそっと声をかける。
「奥様、お茶の準備が整いました」
「ありがとう。さあ、ローレッタ、部屋でゆっくり話を聞かせてちょうだい」
ローレッタは応接室へと案内された。
その部屋はダーナの親しい人だけが招かれる、小さくとも居心地のいい場所だった。調度品は温かな暖色でまとめられ、大きな窓からは手入れの行き届いた庭が一望できる。
ローレッタがソファに腰を下ろすと、一気に長旅の疲れが押し寄せてきた。柔らかな座り心地が体を包み込み、緊張を和らげてくれる。
「このソファ……本当に居心地がよすぎて、ダメになりそう……」
「ふふ、いくらでもダメになりなさい。それにしても、大変だったわね」
ダーナの労わりに、ローレッタは少しだけ安心し、帰宅してからの出来事をぽつりぽつりと話した。
ジャスタスに会いたくて急いだはずが、思わぬ現場に足を踏み入れてしまったこと。あの場面が鮮明に蘇る。
「それにね……彼に、子どもを産ませてやるって言われたの」
その時の悲しみと苦しみは強烈だったが、口にすることで胸の奥の感情は怒りへと変わっていった。
黙って話を聞いていたダーナの表情が次第に険しくなり、手にしたカップの持ち手が軋む音が響いた。
「お、叔母様、落ち着いて。カップはなにも悪くないわ」
「あら、ごめんなさいね。つい力が入りすぎてしまって」
優しい微笑みを見せるダーナの瞳には、敵をどう裁こうかと冷徹な光が宿っていた。ローレッタは思わず息を呑んだ。
(叔母様、本気で怒っている……)
冷ややかなその眼差しに震えながらも、次第に自分の心が落ち着いていくのを感じた。
「一年も離れていると、やっぱり大きいのね。ジャスタス様があれほど変わってしまうなんて、想像もできなかったわ。それにオリヴィアも、私に敵対心を持っていたなんて」
ため息をつきながら話す。オリヴィアとの関係は、同じ父を持つ他人のようなものだった。こんな事態が起こらなければ気にすることもなかったはずだ。
「そうね。あなたの元婚約者は、もともとそういう男だったの。オリヴィアも異母妹だから、あなたのすべてが羨ましいのよ」
ダーナははっきりと言い切った。
「でも、ジャスタス様はお母様が決めた相手でしょう?」
「お姉様はね、ダメな男を引き寄せる才能があるのよ」
ダーナはさらりと言い放つ。フレディの浮気で苦しんだ母のことを知っているからこそ、ジャスタスやフレディにいい感情を抱けなかったのだ。
ローレッタも共感し、苦笑いを浮かべた。
「ここに戻るまで、世界には悲しみしかないと思っていたのに、叔母様と話しているうちに、どうでもよくなってきちゃった」
「くだらない人たちのことで悩む必要なんてないわ」
「本当にね」
ふたりで笑い合いながら、屋敷での出来事が少しずつ過去のものになっていくのを感じる。これからも何度も心の中で思い返すだろうけれど、そのたびに痛みは少しずつ和らいでいくだろうと思えた。
「なにか話したくなったら、いつでも聞くから」
「ありがとう、叔母様」
「当たり前よ。あなたは私のかわいい姪なんだから」
ダーナは優しく微笑み、ローレッタの手をしっかり握った。こうして頼れる親族がいることに、ローレッタは心から感謝した。
叔母の住む屋敷の門をくぐり、馬車は静かに止まる。
ローレッタが馬車を降りた瞬間、冷たい風が頬を優しく撫でた。長旅の疲れが、ほんの少し和らぐ気がする。
「ローレッタ!」
玄関で家令に迎えてくれており、奥から慌ただしい足音が響いた。顔を向ければ、ダーナが急ぎ足でこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
四十代半ばとは思えない落ち着いた品のある雰囲気。こげ茶の髪はきちんとまとめられ、華やかさと凛とした静けさを併せ持っている。その顔立ちは温かみがあり、目元にはローレッタと同じ琥珀色の瞳が優しく輝いていた。
「叔母様!」
嬉しさが込み上げて目を輝かせ、ローレッタはダーナに飛びついた。ダーナも優しく姪を抱きしめる。温かな気遣いに胸が詰まり、涙が不意にあふれる。ローレッタは、それを悟られぬよう、そっと顔を隠した。
「ああ、かわいそうに。それにしても、あなたの婚約者、とんだクズだったわね」
「叔母様ったら、クズだなんて」
「クズをクズと呼んで、なにがいけないの?」
ダーナの辛辣な言葉に、思わずローレッタは笑い出した。笑いながらも、涙が自然とあふれてくる。
ダーナはローレッタの涙を優しく拭ってくれた。そんなふたりに、家令がそっと声をかける。
「奥様、お茶の準備が整いました」
「ありがとう。さあ、ローレッタ、部屋でゆっくり話を聞かせてちょうだい」
ローレッタは応接室へと案内された。
その部屋はダーナの親しい人だけが招かれる、小さくとも居心地のいい場所だった。調度品は温かな暖色でまとめられ、大きな窓からは手入れの行き届いた庭が一望できる。
ローレッタがソファに腰を下ろすと、一気に長旅の疲れが押し寄せてきた。柔らかな座り心地が体を包み込み、緊張を和らげてくれる。
「このソファ……本当に居心地がよすぎて、ダメになりそう……」
「ふふ、いくらでもダメになりなさい。それにしても、大変だったわね」
ダーナの労わりに、ローレッタは少しだけ安心し、帰宅してからの出来事をぽつりぽつりと話した。
ジャスタスに会いたくて急いだはずが、思わぬ現場に足を踏み入れてしまったこと。あの場面が鮮明に蘇る。
「それにね……彼に、子どもを産ませてやるって言われたの」
その時の悲しみと苦しみは強烈だったが、口にすることで胸の奥の感情は怒りへと変わっていった。
黙って話を聞いていたダーナの表情が次第に険しくなり、手にしたカップの持ち手が軋む音が響いた。
「お、叔母様、落ち着いて。カップはなにも悪くないわ」
「あら、ごめんなさいね。つい力が入りすぎてしまって」
優しい微笑みを見せるダーナの瞳には、敵をどう裁こうかと冷徹な光が宿っていた。ローレッタは思わず息を呑んだ。
(叔母様、本気で怒っている……)
冷ややかなその眼差しに震えながらも、次第に自分の心が落ち着いていくのを感じた。
「一年も離れていると、やっぱり大きいのね。ジャスタス様があれほど変わってしまうなんて、想像もできなかったわ。それにオリヴィアも、私に敵対心を持っていたなんて」
ため息をつきながら話す。オリヴィアとの関係は、同じ父を持つ他人のようなものだった。こんな事態が起こらなければ気にすることもなかったはずだ。
「そうね。あなたの元婚約者は、もともとそういう男だったの。オリヴィアも異母妹だから、あなたのすべてが羨ましいのよ」
ダーナははっきりと言い切った。
「でも、ジャスタス様はお母様が決めた相手でしょう?」
「お姉様はね、ダメな男を引き寄せる才能があるのよ」
ダーナはさらりと言い放つ。フレディの浮気で苦しんだ母のことを知っているからこそ、ジャスタスやフレディにいい感情を抱けなかったのだ。
ローレッタも共感し、苦笑いを浮かべた。
「ここに戻るまで、世界には悲しみしかないと思っていたのに、叔母様と話しているうちに、どうでもよくなってきちゃった」
「くだらない人たちのことで悩む必要なんてないわ」
「本当にね」
ふたりで笑い合いながら、屋敷での出来事が少しずつ過去のものになっていくのを感じる。これからも何度も心の中で思い返すだろうけれど、そのたびに痛みは少しずつ和らいでいくだろうと思えた。
「なにか話したくなったら、いつでも聞くから」
「ありがとう、叔母様」
「当たり前よ。あなたは私のかわいい姪なんだから」
ダーナは優しく微笑み、ローレッタの手をしっかり握った。こうして頼れる親族がいることに、ローレッタは心から感謝した。