電話越しで恋をした副社長から、突然プロポーズされました
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翌週の金曜日、オフィスは慌ただしい雰囲気に包まれていた。
「湯元さん、いいかな? 副社長って呼ぶんだ?ぞ」
朝から何度も課長たちに言われる。
どうやら、役職で呼んではいけないルールを心配しているらしい……。大丈夫なのに。
「失礼ないようにね」
「了解です」
副社長が来るなんて緊張する。
ノックされ、私は慌てて立ち上がり扉を開けた。
「お、お疲れ様です」
「お疲れ様です。丸谷です」
目の前にはスーツを着こなして立っている男性がいた。
黒髪の短髪は清潔感があり、キリッとしている眉毛と意志の強そうなキレイな二重の瞳。
彼の姿を見ると私の記憶が一気によみがえってきた。
(あ、あのときの……う、嘘でしょう?)
本社から部長も一緒に来ている。
「いつもありがとうございます。これ、少ないですがみなさんで食べてください」
「あ、ありがとうございます」
副社長が私に菓子折りを渡して、中へ入っていく。
「さぁ、副社長、こちらへどうぞ」
所長が打ち合わせスペースに案内をして椅子を出している。
「所長、お気遣いなく」
副社長の声に、私は胸がドクンとした。
耳が一気に熱くなる。
副社長の声に過剰反応した。
いつも電話をして聞いているあの素敵な声がフィルターを通さないでリアルに聞こえる。
「湯元さん、大丈夫かい?」
「あ、は、はい! お茶をお持ちいたしますのでお待ちください」
副社長が想像以上に素敵すぎて私はフリーズしてしまっていたのだ。
急いで準備してお茶を出す。
「湯元さん、どうもありがとうございます」
「い、いえ……」
至近距離で目が合う。
(そんなに見つめられたら爆発してしまいそうです)
「失礼いたします!」
席に戻った私は混乱していた。まさかあのときの人が副社長だったなんて。
入社式の日――
私は北海道から上京してきた。
人の多さに驚きつつ本社に向かって歩いていた。
『すみません。ちょっと助けていただけますか?』
お年寄りの女性が話しかけてきた。
彼女は仲のいい友人が入院し、お見舞いのために九州から東京に来たようだった。大きな荷物を抱えていて一人で持ちながら歩くのが大変だったらしい。
地図を一緒に見て病院の場所はわかったけど、荷物を持って一緒に病院まで行くと絶対に入社式には間に合わない。
でも放っておくことができずに、一緒に歩きだした。
ゆっくりと大変そうに歩いていたので、おんぶしてあげようとしゃがむ。
『華奢なお嬢さんに悪いわ』
『背中へどうぞ』
『でもさすがに申し訳ないわ』
正直おばあさんを背負う自信はなかったけど、ゆっくり歩いたら入社式には絶対に遅刻する。
でも見放すことはできないので、彼女のペースに合わせて一緒に歩いていた。
そんなやり取りをしていると車が停車した。
中から降りてきたビジネスマンは、ドラマから飛び出した俳優さんかと思うほど飛び抜けた容姿をしていて、息が止まるかと思った。
事情を話すと、職場を聞かれた。
私は怪しいものだと思われたくなかったので、会社名と自分の携帯番号と名前を渡した。すると彼は信用してくれたらしく、その女性を車で送ってくれることになった。
おばあさんを託して、ダッシュして、なんとか入社式に間に合った。
きっと、自分の会社の社員だとわかっていて、名前を覚えていてくれたのだ。
言ってくれたらよかったのに。