電話越しで恋をした副社長から、突然プロポーズされました
「湯元さん」
打ち合わせを終えた副社長が私を呼ぶ。
「は、はい」
顔を上げずに副社長の目の前に行く。
目の前に副社長がいると思うだけで、返事が遅れてしまった。
目を見てまともに話すなんて、かなりハードルが高い。
「顔を上げてください」
「はい……」
おそるおそる顔を上げると、私を見つめるキレイな瞳と目が合った。
あぁ……どうしよう。
思わず視線を逸らす。
「顔が赤いですが、熱でもあるのではないですか?」
「い、いえ……少し暑くて……」
話しかけられるたびに耳がくすぐったくなるような。声がよすぎるなんて暴力ですって!
「いやぁ、副社長のオーラにやられているんですよ」
所長が笑っている。
「湯元さんも、懇親会、参加してもらえますか?」
「え、あ、あの……私も行ってもいいのでしょうか……」
「もちろんです。湯元さんが無理でなければぜひ一緒に食事をさせてほしいです」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
副社長の声が聞けるチャンスがあれば少しでもそばにいさせてもらいたい。そんな気持ちでついつい参加すると返事をしてしまったけれど……。
懇親会は札幌駅近くの居酒屋を予約していた。一名増えると連絡するとお店は快諾してくれて私も参加する権利を得ることができた。
私は端の席についていた。副社長は真ん中の向かいの席に座った。
懇親会に参加しても私は話についていけない。みなさんへお酌をして、お酒がなくなれば注文をする。
気を使うし、バタバタと忙しいので会社の懇親会はあまり好きではない。でも今日は副社長の声が聞こえるだけで幸せな気持ちだった。
「どうぞ」
立ち上がって副社長に近づきお酌をすると、間近で目が合う。
美しい瞳に見つめられると、どこに視線を向けたらいいかわからない。
「湯元さん、あまり気を使わなくてもいいですよ」
ニコッと微笑まれると、心臓が鷲掴みされたようになる。
耳が熱くなりすぎて、意識が遠のく。
「湯元さんは、お酒は大丈夫ですか?」
「……は、はい」
「無理して呑むことはないですからね。そんなに緊張しないでください」
下っ端社員の私にも優しい言葉をかけてくれる。
まだ三十三歳で若いのに、副社長は余裕があって素敵すぎた。
二時間ほどして懇親会はお開きになり、居酒屋を出て挨拶を交わす。
「副社長、お疲れ様でした」
「今日はありがとうございました」
二次会を提案した所長だったが、副社長は明日の朝の飛行機で東京に戻るのでと、やんわりとお断りしていた。
もう、なかなか会う機会はないだろう。
来年、本社勤務になったら会えるかな。
とても素敵な人だった。少し切ない気持ちになる。
「副社長、お気をつけてお帰りください」
「どうもありがとう」
頭を下げて、私は駅に向かって歩きだした。
……リアルで会ったらもっと憧れちゃう。
六月の札幌の夜風は冷たいのに、頬も体も熱い。
大企業の副社長と新入社員なんて、無理なのに。
切ない気持ちで歩いていると、スマートフォンに着信が入った。
見覚えのない電話番号だったので、躊躇した。
おそるおそる電話に出てみる。
「もしもし……」
『湯元さん』
名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
「副社長……」
『僕のことを思い出してくれましたか?』
「はい。まさかあのとき、助けてくださった方が私の会社の副社長だったなんて……。思い出すのに時間がかかって申し訳ありません」
『いいえ。こちらはちゃんと名乗っていなかったので、覚えていなくて当たり前です。あの後、女性を病院に送り届けて後日、感謝の手紙をいただきました。まっすぐ海外へ行く予定だったので少し急いでいて説明をちゃんとしていなくて申し訳なかったです』
律儀に謝ってくれるのも素敵な人だと心が奪われていく。
北海道支社が吸収されて、もしチャンスがあるなら副社長と近くで一緒に働いてみたい。
『追いつきました……!』
「えっ?」
びっくりして振り返ると、副社長の姿が見えた。
一歩ずつこちらへ歩み寄ってくる。
私の目の前に来て、副社長が電話を切って微笑んだ。
「札幌のおすすめのシメパフェ、先日の企画書に書いてくれましたよね? これから食べに行くのは難しいですか?」
まさかのお誘い。答えに困ってしまう。
「残業をつけても構いません」
「……いえ、あの」
副社長は自嘲気味に笑った。
そして彼の顔つきが変わった。
「職権乱用してごめんなさい。もっと、話がしたいです。人として……。今は仕事を忘れて、湯元さんと、もっと話をしてみたい」
優しい声が電話越しではなく直に聞こえてくる。
「僕は入社式の日、初めて見たときから気になっていました」
電話機を通さないリアルな声が、耳に届いた。それはどういう意味なのか理解できなかったけれど、断るという選択肢は私の中で一つもなかった。