人生の岐路に立つとき

第一章 幸助の話-3

※本作は 文芸社より2026年3月に書籍化 されます。
応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。

30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。
母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。
どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。

それでも――
毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。

この作品は、
人生のどん底に落ちた男が、
どうやってもう一度立ち上がったのかという、
“再生の記録” です。

読んでくださるあなたの人生が、
少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。


かつては歴史あった会社も、会社は分裂、買収され、幸助が働く会社は、独裁的な社長の一言で、全てが決定してしまう会社となった。社長の意向に逆らえば左遷は免れず、部署異動することとなる。結果として、社長の取り巻きは社長にとって扱いやすい幹部ばかりが集まる――そんな会社に成り下がった。「幹部会」なるものも、半年に1回程度行われ、社長は、取り巻きを固めていく。当然、社員への風当たりは強くなり、特に幸助が所属する開発部門には、熾烈を極めた。異常なまでの「新製品開発」のノルマが課せられるようになる。社長の考えでは、1000の開発をして1つ当たればいい。そんな考えだった。そんな馬鹿げた話があるかと幸助は思うのだが、誰も「社長」に逆らうことはできない。それでも生活を送るためには仕方がなく、現実として、受け入れるしかなかった。完全なるパワハラである。

この頃から、圧倒的に残業時間が積み重なっていく。開発部門では会社への不満が募り、憤懣やるかたない組合員が要望案をまとめ、社長に直訴する動きまで出た。弁護士にも相談したらしいが、結局は、分が悪いと忠告され、実現には至らなかった。その指揮を執った組合員は当然のように異動を余儀なくされ、幸助が気付いた時には、自ら会社を去っていた。

さらに、原因は定かではないが、仕事を苦に自ら命を絶つ社員までもが現れた。その事実を聞いた幸助は、全身に悪寒が走った。遺書も残されており、そこには会社への恨み辛みが書かれていたという。結局、その事実は、公的に周知されることなく、闇に葬り去られた。

このような状況を目の当たりにし、幸助は「このままでは自分の身がもたない」と感じた。なんとか人生を変えなければ。そんな思いで、この頃から「転職」をしようと考えていた。

いつものようにひたすら納期に追われ、忙しく仕事をする幸助の元に、突然、幸助のスマホが震えた。何かと思い、スマホを取り出し、発信源を見ると、父・勝彦からの電話である。仕事中に電話をかけてくることは滅多にない。何かあったのか――あまり良い予感はしなかった。急いで電話に出ると、父の声は、いきなりの怒声にも近いものだった。母・純子が倒れたというのだ。

普段とは違う「何か」が起きている。幸助に緊張が走った。「とにかく大学病院まで来い」――父からの絶対命令だった。

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