人生の岐路に立つとき

第一章 幸助の話-4

※本作は 文芸社より2026年3月に書籍化 されます。
応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。

30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。
母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。
どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。

それでも――
毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。

この作品は、
人生のどん底に落ちた男が、
どうやってもう一度立ち上がったのかという、
“再生の記録” です。

読んでくださるあなたの人生が、
少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。


そんな緊迫した状況下、不謹慎ながらも連日続く残業の嵐で疲弊していた幸助の脳裏に「仕事を抜け出せる」という不謹慎極まりない考えが一瞬過った。ただ、すぐにこれはただごとではないのだと考えを打ち消した。本当に〝ヤバい〟事態なのかもしれなかった。

幸助はすぐに直属の上司に事情を説明すると、普段から世話になっている先輩から、「仕事はいいから、すぐ病院に行って!」と幸助に、すぐに病院に向かうように言ってくれた。幸助は仕事をすぐに切り上げ、指定された大学病院へと直行した。

病院に到着すると、待合室で父が落ち着かない様子で誰かと電話をしていた。おそらく親戚だろう。幸助の姿に気づいた父は、電話を終えると幸助に状況を説明した。気づいた時には母は意識を失っていて、呼びかけにも全く反応しなかったという。これはただごとではないと、すぐに救急車を呼んだとのことだった。

祖母も現在の母と同じ年齢で急逝しており、父はその経験から「もしかしたら、クモ膜下出血かもしれない」と直感したようだった。

ほどなくして姉・成美も病院に駆けつけた。父が姉に状況を説明している間、幸助は「流行りのコロナか何かだろう」と未だに現実を受け入れていなかったことを記憶している。

母は現在ICUで緊急手術を受けているという。地元を離れ、県外で働いている弟・啓介も高速道路を飛ばして駆けつけ、夕方には大学病院に到着。こうして鈴木一家は病院に集結した。

正直、状況は把握しきれていないが、こんなにも手術が長引くのは、間違いなく大病である。今はただ医師にすべてを委ねるしかなかった。「大丈夫だろうか」「手術はいつ終わるのか」――そんな言葉ばかりが交わされ、それ以外の話題は口にすることは憚られた。ただ、ひたすらに手術の終了を待ち続けた。

夜も更け、5時間以上にもわたる手術が終わり、ようやく医師から「手術はひとまず終わりました。」との報告があった。「今日は遅いので、明日の朝また病院に来てください。詳しい説明はその時に致します。」と告げられ、一家は実家へと帰ることになった。

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