受付嬢なのに、清掃員から一途に溺愛されています ~タワマン最上階で猫と過ごす、秘密の恋~

業務中にデート?

 秘書課に移ってから、
 少しずつ仕事にも慣れてきた頃だった。

 ある日、秘書課課長から声をかけられる。

  「森川。
   今日の打ち合わせ、
   社長のお供に出てくれ」

  「……私が、ですか?」

 相手は銀行。
 元大手銀行出身の私が適任だと、
 社長の指示らしい。
 課長は一瞬だけ考えるような顔をしてから、
 うなずいた。

  「社長判断なら仕方ないな。
   しっかり頼むぞ」

 そう言われて、背筋が伸びた。
 当日、会社の前に用意されていたのは、
 社用車ではなかった。
 専属のハイヤー。
 後部座席に座ると、柔らかな革の感触に、
 思わず息を呑む。

  「緊張してます?」

 隣に座る西条さんが、静かに声をかけてくる。

  「……少しだけ」

 正直に答えると、ふっと口元が緩んだ。

 打ち合わせの場所は、都内のホテル最上階。
 高級レストランのロビーだった。

 約束の時間になっても、相手は現れない。
 西条が携帯電話で、
 少し離れた場所で短く会話を交わす。
 戻ってきた表情は、落ち着いたままだった。

  「今日は急に来られなくなったそうです」

  「……え?」

 思わず声が漏れる。

  「会社に戻りますか?」

 そう言うと、西条は首を振った。

  「予約はしてあります。
   ホテル側にも失礼ですし」

 一拍置いて、続ける。

  「もともと、銀行側と私と、
   二人での会食予定でしたから。
   ちょうどいい」

 ……ちょうどいい?
 高級レストランの扉が開き、
 私たちはそのまま中へ案内された。

 目に入るものすべてが、別世界だった。
 落ち着いた照明、洗練された内装。
 美しく並ぶカトラリー。

 緊張しながらも、料理は驚くほど美味しくて、
 いつの間にか、会話が自然に弾んでいた。
 仕事の話。
 銀行時代の話。
 猫の話。
 不思議だった。
 今は上司なのに。
 それでも、以前と同じように、
 話すのが楽しい。

 ――夢みたい。

 そんなことを考えながら、
 グラスに映る光を見つめる。
 ふと、西条を見ると、
 どこか満足そうだった。

 ……もしかして。

 最初から、
 こうなると分かっていたのだろうか。
 そう思っても、聞くことはできなかった。

 ただ、
 この時間を過ごせたことが、
 素直に、幸せだった。
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